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創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

無責任落語録(47)「目の健康講座・桂夏丸『つる』」観覧記

 

和5年7月2日、午前10時半より鹿児島県眼科医会主催『目の健康講座』が開催され、そのオープニングで噺家桂夏丸師の落語が一席もうけられたので足を運んだ。

同イベントは毎年7月恒例で(コロナ中3年程度お休みしたが)、毎回オープニングに噺家を招いている。

ぼくの憶えている限りでは、桂才賀師、林家種平師、桂竹丸師、このブログでも以前紹介した三遊亭遊三師等々。鹿児島にいるとお目にかかりづらい大看板の師匠方ばかりである(竹丸師はめちゃくちゃお目にかかるが)。

しかも入場無料

思うに『目の健康講座』は鹿児島の落語ファン必見の『隠れ落語イベント』であると思う。

 

かしこのイベント、落語会として考えるとめちゃんこ特殊だ。

まず、毎回「日曜/朝10時頃」と、落語を観覧するにはちと早い。寄席の昼席の最初より早いくらいだ。

どのように広報されているのか不明だが、お客さんはおじいちゃん・おばあちゃんがパラパラッといった感じで、めっちゃ大盛況かといわれると、正直まったくそうではない

しかも、そのおじいちゃんおばあちゃん方も「なんか知らんがチラシもらったから来た」という感じで、必ずしも落語通・落語ファンではない。

もっとも、この催事のメインは落語の後の眼科医の講演と個別相談会で、落語は集客と会場の「あたため」のために用意されているに過ぎない。その任を、普段寄席でトリをとる師匠方が受け持ち、開口一番を務める状況は、落語ファンとしては驚天動地の人選なのだが、たぶんご参集のおじいちゃんおばあちゃんは、そんなのご存知ない……と思う。

また、地味にすごいのは、毎回ネタだしされていることだ。つまり、余程断らない限り、他のネタに変更できない。高座に上がってまくらを振って、いくらか客の空気を掴んでから「このネタにしよう」と決めることはできないのである。

正直に言って、招かれる師匠方は、ちょっと大変なんじゃないかな、と思ったりする。毎回落語ファンとして客席に座り、じいさんばあさんの微妙な反応にまざりながら、高座の師匠に勝手に感情移入し、ヤキモキしている。

とはいえ、師匠方も百戦錬磨。毎回必ず客席を温めて、おあと(医師講演)につなぐ。さすがだなーと思う。だが、やはりその席でその師匠の本意気が見られるかというと、難しい。見られるのは、プロの芸人が極北の海底みたいな状況でも人肌くらいにはあたためてみせる、その手腕である。

 

回のオープニングは桂夏丸師匠。これまでベテランが務めてきた席を、真打5年目の人気若手落語家さんが務めるということで、がぜん期待して行った。ネタだしは『つる』。こういうタイプの噺がネタだしされるのって、珍しい気がする。

持ち時間30分、半分以上はまくらであった。声が通って、かみ砕くように丁寧で、分かりやすい&たのしい。客席の空気がだんだんできあがっていく。朝10時にふらふらとあつまったおじいちゃんおばあちゃんたちが、じわっじわっと空気に馴染んでいくのが分かる。ぼくは後ろから見ていたが、みんな徐々に背筋が伸びていった。

夏丸師も、けちんぼの眼の小咄*1をした。目の健康講座だけに、今までもこれをやった師匠はいたと記憶している。毎回受けない。まあ、どう考えてもこの噺は現代には無理がある。というのは、この噺は「目で見た記憶は眼球に蓄積されている」みたいな前提があるわけだが、現代人はさすがに「それは脳でしょ」と分かっている。またこの席は一応医療にまつわるイベントの一部だ。落語とはいえ現代医療との乖離が大きすぎて、違和感がある。

そもそも、けちんぼの眼の小咄は、落語脳を要求する話だと思う。あれを聞いて笑う客は、客席から噺家に向けて「その方向で笑わせていただいて結構ですよ」と言っているようなところがある。

 

語初心者と思しきおじいちゃんおばあちゃんたちに『つる』は分かりやすい噺である。「つーっと来て」「るーっと来て」手の動きと音の面白さ。根問物らしい調和された笑いが起こり、ぼくも心軽やかにアハハと楽しめた。噺はスイスイとラストに近づいていく。

が、ラストは意表をついた。

急にさしはさまれた歌謡曲。軽い笑いが一気にナンセンスに昇華する。あの時客席に湧いた「は? 何で急に歌うのw」という疑問符。それでも噺が強引に進んでいく、いわく言い難い不条理。その二つによって不可解に合成される笑い。「空気が裏返る」とでも言うのだろうか。「なんかすごいものを見た」というに等しい、驚きの入り混じる幸福感が立ちのぼった。その幸福感はたちまち見も知らぬ客同士で共有された。それは、ぼくが見た中でこの席を務めたどの師匠にも無かった現象だったと思う。

ネタ終了後の歌もよかった。朗々と歌い上げたあとの客席の空気は温まっていた。直後に眼科医会MCが進行アナウンスを読んだが、なんとしゃべりやすそうなこと! みごとにお後につないだ桂夏丸師は、現代の歌謡音曲師である。芸は噺の一本道ではなく、歌や踊りなど二本も三本もあって全然好い……そう思った一席でありました。

 

 

さあ、来年はどなたがいらっしゃるかな?
いまからもう楽しみにしております(・▽・) 
以下、開催中です。みとくんなまし。

 

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*1:二つの目を片っぽずつ使うと決めた人が、何十年か経って使う目を変えたら、知ってる人がいなくなった、というアレ。

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