午後三時くらいである。
離れた席に一人座っているおっさんが、電話をはじめた。店の中はぼくとおっさんだけなので、マナーについては不問としたが、その内容が丸聞えになってしまうのが、こちらが盗み聞きをしているようでなんともバツが悪かった。
おっさんといっても、もうおじいさんだった。
彼はどこかの会社に電話を掛けていた。
「あの、私は実は、お宅の社長と知り合いのもので、その、社長が入院しているという話を、ちょっと耳に挟んだものだから」
名は明かさずに話をしている。
「で、あの、どんな具合なんですか? あと、その ほんとに入院をされているのですか?」
「よお訊くわ」と思った。
素性の知れない人物に社長の病気を教える会社なんてあるだろうか。社長の体調というのは、会社の情報としてそのビジネスにいろんな影響を及ぼす。武田信玄だって三年知らすなと言ったほどだ。
それがこのおっさん 見た感じ、そこそこ社会的地位のありそうな感じの人だったから、そういうことを知らないはずがないと思うが。
「いや実は、私、御社のお客さんの知り合いで、ちょっと知りたいと言われまして」
なるほど、おっさん、そうきたか。
しばらくし…
「ああ、そうですか。面会できない、と」
どうやら入院しているということは言ったらしい。電話向こうの人、若いんだろうなあ。「御社のお客」といわれ、揺れる思い身体中感じて。
その後おっさんは「じゃあまた一か月後くらいに掛けさせてもらいます」と言って電話を切った。
そうしておっさんはまた別のところに電話をかけ始めた。
さあぼくは、このタイミングで期待した。
「ぜったいこれは、探偵だな」
「銀行だな」
「保険会社だな」
「証券会社だな」
いまからクライアントに「ターゲットの病気は不明だが入院は確実である」とニュースを伝えるに違いない。
と思ったら、違った。
「〇〇さん? いま××さんの会社に掛けてみたよ」
どうやら共通の知り合いらしい。
「うん、教えてくれなかった。でもね、やっぱりどっか悪いみたいで。だからさ、また何度か電話かけて、うん……そんとき快気祝いしようや…」
ぼくは自分を呪ったよ。やましいなあ。小説脳をこじらせすぎだなあ、と。
話としては、これだけなんだけど、ちょっとピーンと感じたことがある。
老境に差し掛かった自分の親のことだ。
年が年だけに、年に二、三回は病院に泊まって大なり小なりチューンナップを試みている。そのたびに、虫が知らせるのか、親の携帯に親の友人が電話を掛けてくる。だが、親は出ない。なぜでないのかと訊くと
「お見舞いとか迷惑をかけるし、お返しとかさ」
「前に向こうが入院した時に、何もしなかったから」
「入院姿を見られたら恥ずかしい」
「元気になったら会えばいいよ」
そう言って、自分たちの病をひた隠しにする。面倒を消すのである。親の友人たちにも同じ考えの人が多いようだ。
しかし老境に差し掛かると、軽いつもりで入院して、上記のようなセミ面会謝絶をぶっこいたまま、拗らせて永眠ということもありうる。
入院して着拒したまま逝く人はそれでいいけど、外で気掛かりにしている人にしてみれば、なんと薄情な友人であることか。後から死んだと聞かされて、ハードボイルドに「奴の気持ちも分かる」と言ってみても、心の中じゃモヤモヤしたまんま。たまったもんじゃない。
無理してでも会っときゃよかった。
あの世で再会とか、ぶっちゃけ無いぞ。
もしかすると、先述のおっさんは、そんな思いをいっぱいしているのかもしれない。だからこそ、疑われるのを承知で、拒否られて当然と分かって、突貫電話を掛けているのかもしれない。高齢にして世間知らずの汚名を浴びても、なお友人の安否を確かめずにはいられないのだ。
だとしたら、泣けてくる。。。
*
泣いたら笑ってください。
学園コメディ。
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