アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

アーティストの集い

さらですけど。
先だって7月の末に、地元でアーティストの集いがあり、参加させていただきました。そういうのに参加するのは初めてで、計画が決まった頃からほんとうに楽しみでした。よく考えたら、ぼくが人生で何らかの集まりに行きたいと思って自らエントリーしたのは、指折り数えられるくらい少なく、ぼくのリアルの不精加減を知っている人が見たら「んな、ないごっか(薩摩語)」と憤るのは必至です。

 

やしかし、どうしてこういう集まりに参加するのを求めるようになったのだろう。
よく考えたら、今年はいろんな初対面の人に会ったり、電子で対談本を出してみたり、11月には文学フリマに出ようとしていたりする。ぼくがぼくに「おまえどうしたの」と尋ねたくなるくらい、変わっている。

……おそらくだが、ちょと想像はついています。

いちばん簡潔に説明できる状況は、拙著「グリーンボーイ云々」の三つ目の対談にあるところなのですが(全然読まれていないので放っておきますけど)、つまり人間関係や他者に向けられる洞察というものも、人生における殿堂の建立の一端だと思うからです。

グリーンボーイ・アッパータイム

グリーンボーイ・アッパータイム

殿堂。単純に図式化して言うと、天守閣になにかしら自分の根源的な物、たとえば信条とか生命みたいなのがあるとして、その下方の左右に二本の足のような柱があるとする。
片方の柱は、創作や思索をもってかたちづくる自分自身の営為であり、もう片方は外界すなわち他者から刺激とともに与えられる創造的興奮……みたいなもの。
その二つがバランスよくあれば、天守閣は落っこちずに済む、と。

とまあ、そういうものがあるとして、いま、ぼくはなんだかとてもバランスが悪いのだと思う。

サラリーマンを辞めて五年くらい経ち、そっから自分の創造的分野だけでやってきましたから、そろそろそっち側の柱が疲弊しちゃって、反対側の柱を強化したくなったのでしょう。それで新奇な出会いや出来事を求めているのでしょう。

いやしかし、ぼくは極めて単純なことをどうしてこうややこしく言おうとしているのかね。

 

れにしても、アーティストの人たちと会うのは、これはもう空気からして違いました。やはりその、30人なら30人が集まった時の醸すものが異質です。決して活気があるとかでは無い。表現者だからといってみなとてつもなくコミュニケーション力が高いわけでは無く、むしろ自分独自の世界を持っているから、一種頑なにすら感じられる部分もあり、その一方で何も言わなくても存在自体がパフォーマンスのような方もござっしゃった。

同じ30人があつまるにしても、異業種交流会とか街コンみたいな、いわゆる非表現者系の人たちの集まりとは、やはり違うという感じです。初対面だらけの集まりでしたが、打ち解けるのがとても早かった気がします。まあよく分からないけど。

日頃、内にも外にも表現に四苦八苦している者同士の自然な共鳴があるんですかね? 

ぼくなりに勝手な想像をしてみると、例えばめいめい名刺交換をする際、「わたしは絵描きです」「私は歌手です」「ぼくは文章です」と、「我こそは~」とおのれを称する。その瞬間に……ぼくはいまだに自分が何者だとレッテルするのを何であれ照れるのだが……それと同様の空気を全然出さない人は、やはりほぼいないなあ、と。そういうところに無意識のシンパシーが、初っ端から働いた可能性はあるのじゃなかろうかと、思うのです。

またその感覚たるや、実に甘美なものですよ。いらっしゃっていた人々は、プロ、セミプロ、アマと、だいたい三つに分かれると思う。誰しも最初はアマだったことでしょう。その人々がはじめて「I am 〇〇」と自分の表現分野を冠に姓名を名乗った時の心持ち  それを自分に許した時のほこり、まわりに許された時のよろこび  というものは、あるわけです。無い人もいますが、あるにこしたことはありません。

つまりその甘美な無意識のシンパシーが、表現者同士の嗅覚を刺激して、知らぬ間に相手の表現の足跡に思いを至らしめるという……嗚呼、まるで壮大なSFですね。

ちなみにこの感覚の無い人は、たとえプロであってもアーティストという種族では無いことがある……ような気がする。そういうひとは、しゃべると、分かりますね。匂いが違うというか。たぶん以前広告業にいた時、そういう方々に広くお仕事をお願いする立場だったから、「ああ、この人は仕事早いな皮相だけど」「この人は面倒だけどいい仕事するな」とか、嗅覚がついたかも。

まあこんな話は、ある枠組みの人から見たら次元の低い話でしょうが、そういう部分に悶々とするような人こそ、ぼくは長々と接していきたいなと。芸を好むというより芸人を好むのです。

 

の話をしてたのか分からなくなったので、これで止めますけど、とにかく、いまのぼくには、外部の刺激が要るのだな、と。それもきわめて無秩序で、ちょっと先が分からず、しかも永遠にその好奇心がつきないような……。

アーティスト、という人たちと会うのが楽しかったのは、まさにそういう条件を満たしてくれるからかな?と思います。

つまりまた参加したいということです。

 

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