アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

夏風邪にまつわるお話。

(とし)のせいか、風邪が治りにくくなっている。そのことに気付いたのは、別に昨日今日のことではない。が、ますます治りにくくなっていることに改めて気付いた。

 

そもそもの話/犬に咬まれる

今回の風邪は8月28日に引いた。夕方の四時頃だ。よく覚えてる。急に喉に違和感を覚え、途端に頭がくらくらした。じわじわくるんじゃなく、突如として風邪症状になった。変だなと思った。

実はこの日、風邪症状になるちょうど一時間くらい前、実家のトイプードルと喧嘩して肘を咬まれた。長袖の上からだったのであまり気に留めていなかったのだが、あとで袖をめくったら、流血こそしないものの、歯形の周りにどす黒い変色があった。猫の引っ掛かれとか、犬の噛んだのは、いつまでも傷が残って治らないもんだ。バイキンだらけなんだろう。

ということがあった後に、おかしいくらいに急に風邪症状になったので、「もしや」と思いネットで検索した。

犬 噛まれた 症状

のっけに出てくるのは、「狂犬病」「破傷風」など。ビビるじゃないか。狂犬病は今の日本じゃそうそうないらしい。破傷風はなくはないが、現代の医学なら発症してからでもなんとか押さえられるとか。破傷風の場合、顎が開きにくくなるんだって。これ豆な。ちなみに、犬に咬まれて風邪症状がでることは、ままあることだという。「ははあ、これだな」と、ますますトイプードルが憎らしくなった次第である。

喉痛、鼻水、微熱  なかなかおさまらない。で、二日経って病院に行って(それくらい経たないと潜伏症状が表に出ないだろうと思ったので)血液検査をした。わっかいニイチャン先生で、心許なかった。喉を覗いて「はあ、腫れてますね」。鼻水を見て「洟がでてますね」。熱を測って「熱がありますね」。こいつはタケノコだ、やがてヤブになる。血液検査の結果、白血球が少なく、「たぶん犬じゃない」とのこと。心許ないが、感染じゃなさそうなので安心した。

 

だるさの理由/ホルモンの話

風邪を引くとほんっとダメになる。37度前後でもう動けなくなる。朦朧としてヤル気が出なくって、記憶は長期も短期もめちゃくちゃ。それでも仕事はしなきゃならないが、文章を書く仕事は脳ばっかり使うから、オハナシにならない。無理して書いても脈絡のない、商品価値の無い文章ばかり。諦めて休業とした。んで、ネットばかり見ていたんだが、その時ふと思ったことがあったので検索した。

自分は微熱ですっかりダメになるが、世間には38度でも平気な人がいる。多少症状は出ても、粘れている人がいる。これはどういう違いか。

調べてみると、男性ホルモンが多い人は免疫の関係で風邪のみならず病全般に弱いのだという。確かに女性より男性の方が病気に弱いと言うし、寿命も短い。どうやら私、男気も男らしさもあんまりないが、ヘンなところだけオスっ気が強いらしい。

あと、「なるほど」と思った記事に、病気がキツク出る人は免疫力が強いからそうなるというのがあった。体の免疫が外敵に対し激しく戦おうとするので、余計に熱が出たり腫れたりする。免疫が弱いとそこまでバトルにならず、あんまり苦しまないんだとか。ふうん。アレルギーみたいだな。

 

「治った」基準/明らかに延びてる

2週間にわたる風邪引き生活中に2度温泉に行った。で、もれなくその晩にぶり返した。なんでこんなバカな所業を繰り返したかと言うと、その日起きたらまあまあ元気だったからだ。「ばっかだなあ」そんなそしりを免れない。でも、その時の当の本人に取っちゃあ、「なんで?」と言いたくなるわけの分からぬ事態だった。

皆さんは風邪の治ったサインに、一つの基準があったりしないか?「このくらい治ったらもういいだろう」「こんな気分になったら今日は働けるだろう」という風に。私にもいくつか基準がある。たとえば

  • 痛かった喉が痒くなる。
  • 突然下痢して終わる。
  • 目ヤニが出なくなる。

長年かけて培ったこれらの自己判断材料から、私は自らに平癒宣言をし、温泉へと出向いたのである。でもぶり返した。一体どういうことなのか。

おそらくこれは、基準が変わったのではなく、基準を通過してからのアプローチに時間が掛かるようになったということだろう。つまり、今までは「痛かった喉が痒くなってから半日後」に平癒してたのが、いまや「一日後」とか「二日後」になった。時間が掛かるようになったのである。いやはや、老化は確実に忍び寄っている。

 

夏風邪は馬鹿が引く/真実を今さらに

こういう時に限って知り合いからメールやらラインやらが届く。飲みの誘いである。「夏風邪引いちゃって~」と送ったらこんな返事が来た。

あー、バカだったんですね。

ああ、そうだ、分かっているとも。「夏風邪は馬鹿が引く」というもんね。夏みたいなあったかい時節は抵抗力が増す。だのに風邪を引くというのは、すなわち体調管理が疎かな証拠。馬鹿と言われても仕方がない。

それにしてもこの言葉、「馬鹿は風邪ひかない」と並んで頻繁に用いられながら、互いに打ち消す感じで変だなと思っていた。「夏風邪は馬鹿が引く」は、ホントに罹患者の知的不能をものがたっているのだろうか。で、改めて調べてみたら、私は「夏風邪は馬鹿が引く」の意味をまったく勘違いしていたことを知らされた。

馬鹿は冬に引いた風を夏に気付く。だから馬鹿。

というのが真説らしい。なるほど、おもしろいジョークだ。ブロンドジョークの中に似たようなのがあったな。

でもこれは私が馬鹿じゃないということを裏付けるものではない。

 

総括(普通の意味で)/飽きずに治そう

風邪を引くとだるくて何もできなくなり、家は散れてくる、仕事は溜まっていく、気持ちは焦る、という流れから自己嫌悪が募る。こんな時、治そう・治ろうという気持ちまで失くしたら、ますますまずい。私は風邪の間に普段しない読書をしたり、自作をグンと進めてみたり、いろいろとやってみた。よく考えたら自分のために何かする時間ってあまりとっていなかったなあと思う。結果、読んだ本のことはあんまり覚えていないし、自作はどっちに向かってんのか分からなくなる始末。どう生きたってなるようにしかならんのだと思った次第である。飽きずに治そう。飽きたら疲れて寝てしまおう。病んだらもうそれしかない。

ちなみに今回、私は漢方薬ばかりで養生した。前半は飲まず、後半に竹如温胆湯麦門冬湯クラシエだかツムラだか。これがどっちも結構高い。でも、症状に合わせて飲んだら確実に他の養生方法をまとめたより安上がりになると思う。あとはがぶがぶ白湯を飲んだね。

以上です。
風邪を引いていいことはありません。今風邪っぽい人も、そうじゃない人もご自愛ください。

さて、自作はいよいよラストスパート  なんだけど、いまさらながらプロットに矛盾を感じてストップ中。でも、風邪のお陰で若干予定より進んだのは確かです。きっと最後まで書き上げますとも。ええ。

あとね、漢方薬が高かったから、以下お見舞いのつもりでご購読を。右や左の旦那様。

学園コメディ無責任姉妹 1: 漆田琴香、煩悶ス。

学園コメディ無責任姉妹 1: 漆田琴香、煩悶ス。

 
学園コメディ無責任姉妹 3: 機械少年の憂鬱

学園コメディ無責任姉妹 3: 機械少年の憂鬱

 

無責任落語録(30)「初天神」

近、何故か知らんが落語ブームだ。笑点の視聴率は安定しているようだし、NHKでは噺を実写化したりしている。地方のイベントでも落語会が非常に増えている。落語ほど金の掛からない催しも無い。ハコがあって、座布団と屏風を用意したら、あとは噺家が座って勝手に噺をする。それで30分でも1時間でも持つわけだから、お得ったらありゃしない。

落語界自体にも大きなうねりが来ている。圓楽の芸協接近、大名跡・三木助の復活など話題豊富だ。鶴瓶タモリの提供で浦里の噺をやったり、たけしが野晒しをやったりしていたのも、地味にニュースになっていた。泰〇は...ちょっと違うか。
とにかく、ブームが来ているのは確かである。

 

のに。
本ブログ「アヲイ報」は、当今では温泉記事にとってかわられ、無責任落語録の更新が全然なかった。「今書かないでいつ書くの?」レベルのブームだっちゅうのに。むろん、落語が嫌いになったから書かなかったわけでは無い。仕事が忙しかったこと、次作の執筆に力を注いでいたこともあるが、一番大きな理由として、当コラムの体裁が挙げられる。無責任落語録はこれまで、奇数回=古典落語の話、偶数回=落語家の話を展開してきた。それが30回目、すなわち落語家の話の番になって、ついに私の中で話題が尽きたのだ。

いや(言い訳するけど)、チャレンジはしたのだ。書きかけの原稿が私の落語フォルダにいくつもある。ぶっちゃけ次は「四代柳亭痴楽」を考えていた。録音を聴いたりいろいろ努力はしたのだが、入り込み過ぎて、お気軽な読み物記事として書けなかった。いつかぜひアップしたい。なんせ凄い噺家だと思うから。

とにかく、そんな書けない記事にいつまでも時間を取られているうちに落語ブームが終わってしまったら哀しい。別に時流に乗って金儲けを企もうとも思っていないけどね。
で、今回は禁を破って「噺」回をお送りしようと思います。

 

り上げるネタは初天神である。
なぜ初天神か。正月に扱うべきネタなのに。理由は簡単である。いま旬の噺家春風亭一之輔が、「初天神」で子供たちに大人気だと聴いたからだ。アヲイも根っから時流に乗るようになったかと思われたら、ま、全否定はできないけど、そもそも面白い噺なので、近々取り上げたいとは思っていた。ホントだよ。

初天神は「桃太郎」「真田小僧」「佐々木政談」に類を成す、生意気な子供の噺である。噺の内容は各自調べるように。構成はシンプルで、導入のあとにひとまとまりのエピソードがブロックのように並んでいる。上演時間に合わせてエピソードを取捨選択できるし、しかもどこでも切れる。それでいて受けがいい  子供の噺と言うのはお罪が無い。エグイくらいずるい思考も、子供なら愛嬌で許せてしまう。

元は上方の噺で、笑福亭松竹が演ったという。それを三代目圓馬が整理して東京に持ってきたとか(Wiki調べ)。ということは、八代桂文楽と三代三遊亭金馬も持っていたのだろうか。聴いたことは無い。が、だいたい想像はつくような気がする。桂文楽は子供の噺があんまりない。あってもせいぜい大仏餅の孝行な倅で、一昔前の子役のような棒な演じ方だった。たぶん、あんまり良くはならないんじゃないかな。逆に金馬は子供はお得意である。「藪入り」も「真田小僧」も「居酒屋」の丁稚も一級品だ。誰か他に演る人がいて遠慮したのだろうか。是非聴いてみたかった。

東京では柳のネタの印象が強い。筆頭は国宝・柳家小三治三喬や六代目小さん、花緑も演っているようである。上方では、誰がなんと言おうと六代松鶴。間の抜けた親父の物言い、子供の大泣き、他の落語家の追随を許さない。松鶴といえば「らくだ」のイメージだが、私としてはこの「初天神」と、「夢八」「次の御用日」こそ松鶴落語を代表するネタだと思う。

 

天神は通常10分から15分で演じられる。だが、5分程度の超ショートバージョンを聴いたことがあるし、逆に30分近い完全版を聴いたこともある。組み立てやすいところが、テレビやラジオの尺に合わせやすく、今日のブームにつながっているのだろう。

序盤の「羽織」のもろもろはカットされることが多い。しかしこれは非常に重要な仕込みだと思う。「自分でこさえたのではなく、近所の弔いを手伝った女房が形見分けでもらった布を羽織にした」とか「便所に行くにも『羽織を出せ』と言う」といった要素が、親父の性格や家族での立場を決定的にする。そうしてのちの子供との心理戦のバックボーンとして利いてくる。羽織はカットすべきではないといつも思う。

金坊が「買って―、買って―」とせびるのは団子と飴だ。演者によって両方、あるいは飴だけ演じられる。団子のくだりでは、餡か蜜かで親父と子供がやりとりし、服が汚れるからと言って親父が蜜に決める。そして滴る蜜をすする。そこの仕型があんまりきれいじゃない。扇子を団子串に見立て、唇を震わせて「ズズズ、ズズズ…」。人によっては最後にペロペロ舐める。リアルを追及するのは分かるけど、ここはサラリとやってほしいものだといつも思う。ここをことさらに強調する必要はないのだから。

六代松鶴の飴屋が好い。指を舐めては飴を触る仕草が笑いの種になる。仕型で汚い音を立てたりしない。子供に飴の舐め方を伝えるときの擬音がいい。

「飴ちゅうのは、舌の上乗して、オネオネ、オネオネさしとくもんや」

あの様子を「オネオネ」であらわすとは。団子をリアルに舐めつくすよりはずっといい。

その後、子供が口に飴を入れたまま歌を歌い、「やめい」と親父に拳骨をもらうくだりがある。

拳骨ゴツン。
「うえーん、うえーん」
「こら、泣くな。どうした」
「飴が落ちた―」
「飴が落ちた? ん? どこにも落ちてないぞ。どこに落ちたんだ!」

この続きとして、腹派・喉派の二通りがある。

腹派「お腹の中に落ちた―」
喉派「喉の穴に落ちたー」

結構腹派が多いのだが、個人的には喉の穴の方がいいと思う。穴の方が落っこちた感が強いし、喉の方が飴玉がグゴゴッと潜って苦しかった感じも出る。それにしても松鶴の「子供が飴を口に頬張って歌う」仕型と泣き真似の見事なコト……。

飴か団子のくだりで下げになる場合が多い。だが実はこの後の凧揚げこそ、親父と子供の立場が目まぐるしく展開するクライマックスシーンである。凧を持って後ろに下がり人にぶつかるシーンは、松鶴初天神の最大のウケ場である。子供が言う下げのセリフは、数ある落語の下げの中でも、随分と気持ちのいいものだ。

多くの演者が演ってきたからこそ、どこをとっても完成度が高い。上方で生まれ、圓馬に改作され、噺の自然なおかしみを活かす柳の芸として今日まで伝わっていることを考えると、あまたある演目の中でとりわけ研ぎ澄まされてきた噺と言えるだろう。

 

語がブームということは、今の子供たちから未来の大名人が生まれるかもしれない。ぜひいっぱい聴いてどんどん落語好きになってほしい。実は私の身内の子供(幼児)に落語好きがいて、たどたどしいながら寿限無などを口演する。いつか芸人になればいいと思っている。そこで、何か落語の音源を送ってやろうと思うのだが、子供向けの噺って、ありそうでなかなかない。子供向けの線引きをどこに引くかが論点だが、難しくなく一応サンダラ煩悩のどれにも引っ掛からないことを前提とすると……、寿限無/饅頭怖い/初天神/化け物使い……あんまりない。圓生師匠・金語楼師匠はほんの子供のころから寄席に上がっていたらしいが、一体どんな噺をしていたのだろう?
でもねえ、粋だと思うんですよ。幼稚園児で「お初徳兵衛浮名桟橋」なんて演ったら。自分の子だったら覚えさせたいな。

というわけで、実にお久しぶりの落語コラムでした。
一度破った禁は、何度でも破ります。噺回が続くかもしれません。
以上です。どうぞよろしく。

温泉記。その6<湯周遊:鹿県国道3号線点々>

ールデンウィークやお盆休みたいにまとまった休みは、無粋で無愛想な私でも、レジャーに誘われたりする。登山だ、海水浴だと、日頃よりかえって疲れることばかりで、全然休みじゃない。そもそも誰かと一緒にいるだけで気疲れがする。誘ってもらっといて言うのも何だが、だいぶ遠慮していただきたいのが本音だ。

休みとは、私にとって本来「なぁんにもしない日」である。

だからと言ってホントに何にもせずに家でごろっちゃらしていると、せっかくの休みを無為に費やしてしまったような気がする。私って本当に面倒臭い。

 心身共に健全な休みの過ごし方とは一体何であるか。
今年の夏は、いまさらながらそんなことを考えさせられた。
そこで行き着いたのが、こんな考え方だ。

心身の安息休養もさることながら、濃密な自己肯定感の追及こそ充実した休日の本質ではないか。

簡単に言うと、いわゆる「休日」は「心身の安息休養を図る日」とは別物だということだ。
「安息休養」は肉体疲労の回復が目的だ。具体的には、朝寝をしたり、半日ボーッと何もしなかったり、酒を控えてみたり。それでいくらか回復する(ちょっと若さ任せなところがあるけど)。
かたや「休日」は、私が私であるための活力・自信を取り戻すための儀式である。「私が私で」とする以上、誰かと何かをするのではない。私が好きなことを一人で目一杯やるのだ。

いうわけで、私は自分で定義した「休日」を敢行するため、先日、丸一日を費やして活動してみた。
ずばり、【自作執筆&温泉ハシゴ】の旅である。
哀しい哉、今の私にはこの二つくらいしか「私が私である」ことを確認できるものがない。ほんとは安い温泉宿に一泊したいくらいだったが、予算の都合で無しになった。それに、さすがに一日半以上のオフはとれないしね。

ハシゴした温泉は3つ。
いつものように、鹿児島県の湯である。

 

◆冠岳温泉

鹿児島市から国道3号線をウーンと一時間以上走ったら、いちき串木野市なる場所に出る。そっから山の県道を走ると、冠岳に辿り着く。かつて徐福が秦の始皇帝の命令で不老不死のクスリを探しにやってきて、ここに冠をおさめたから冠岳と言うらしい。そこに湧く温泉だから、有難くないわけがない。

名称と場所柄からどろっどろの秘湯かと思いきや、とてもこざっぱりとした温泉施設である。銭湯というにはスタイリッシュで、ベージュの明るい漆喰風の壁に、清潔さとぬくもりが併存している。洗い場もきれいで、シャワーがカラン同様自動ストップするのは初めてみた。露天もある。

平日ながら人が多く、わちゃわちゃしていたが、まあ、人が集まりそうな温泉だと思う。店員さんが明るく元気なのは好感。

  • 湯銭:330円
  • ドライヤー:無料(男湯2機)
  • ロッカー:有料鍵か籠のみ

 

郡山温泉

こちらも国道3号線から小道に分け入るのだが、冠岳温泉よりは鹿児島市にうんと近い。川沿いに3つの駐車場スペースが妙なアップダウンで並んでいる。そうめん流しの屋根も見える。その奥まったところにある大きな建物が郡山温泉の本丸である。中は温泉宿で、土産物売り場や自炊場が見えたけど、パッと見て元は病院なのかなあと思った。

湯銭は400円とやや高めだが、納得させられるだけのものはある。内湯が二つ。それぞれ別の間取りで、脱衣場を経由しなければ往来できない。そのうち一つが露天につながっている。
露天につながっていない方の内湯は、広い湯船が特徴。脱衣場から床まで数段の階段があるから転倒注意だ。ぬるめでトロッとした泉質。こいつぁ心地よい。かなりの量の湯が滾々と湧いている。
かたや、露天につながる内湯は、広くはないが同質の湯と、竹筒からのうたせが一筋、尽きることなく流れている。
露天は日本庭園風、タイルは暗調でシック。屋根の下のぬるめの湯は、いつまでも入っていられそうな心地良さだ。壁にテレビが掛けられていたが、何も流れていなかった。もっとも、露天に入ってまでテレビ観るような奴は、野暮だなあ。

  • 湯銭:400円
  • ドライヤー:無料
  • ロッカー:有料鍵か籠のみ

 

◆とどろき温泉

前述の郡山温泉の、川を挟んだところにデンと建つ。こちらも温泉宿だから、近隣はさながら温泉郷である。
湯殿はワンフロア。広くて天井が高く、光が入ってとても明るい。幾何学的に弧を描いた湯船の中に、音波、気泡、低周波風呂が並んでいる。真ん中あたりにドバドバ湯が流れ込んでおり、その辺りはちょっと熱い。源泉温度がかなり高く、加水しているとのこと。それでも他所の温泉と比べて結構熱い。シャワーも熱い。熱いのがお好きな人にはたまらんだろう。
こぢんまりとした露天風呂もある。竹垣から首を伸ばして外を眺めると青田が広がっていた。青天に緑が眩しかった。

  • 湯銭:300円
  • ドライヤー:無料
  • ロッカー:無料鍵

今回の湯めぐりは、以上三つ。
どの湯もすばらしかったよ。

さて、真夏の露天風呂は、気を付けなければならない。35度の炎天下でも、湯船に浸かっていると涼しく感じるが、間違いなく熱射にさらされている。ダラダラ入っていると、湯殿に戻ってキュー、だ。

泉を挟み、ファストフードやファミレスで自作小説を書き進めた。BGS(仮)、初の格闘技モノである。元々プロレスファンで、格闘技はまあまあ好き。あまりマニアックにならないよう、表現を禁欲して書いている。予定の半分くらいに達して、ようやくメインキャストのデビュー戦を迎えた。アクションシーンはあまり書いたことがないので難しい。

長物を長い時間かけて扱っていると、「はて……これって面白いかな?」と根本的な迷いにぶつかることがある。実は、いまちょっとそんな感じだ。筆が鈍ったらいつもなら数日放置するのだが、こういう心境の時にそれをやっちゃうと、そのまま興味を失って二度と戻らなくなることがある。だから今は、作品への疑念を掘り下げない程度の分量を、淡々と書き連ねようと思う。

温泉・執筆・温泉・執筆……と繰り返したこの日。三つも湯に入ったら、さすがに身体がぐったりした。その晩は「今日は飲酒はやばいな」と、素直に寝た  このことも、身体にとっていい休みになったはずである。

学園コメディ無責任姉妹 1・2巻コンプ版

学園コメディ無責任姉妹 1・2巻コンプ版