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アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

春弥生後生大事。

思ったこと

っかり春ですな。

これまで春は誕生や歓喜の季節と思っていたけど、今年から感傷の季節になった気がする。

年々、冬が精神的・肉体的にきつくなっている。今冬も、風邪に神経痛、気づまりに焦燥等々、例年になく不調が目白押し。その上、仕事があんまりないから先々不安。ケチるから栄養が足らず、心が痩せ、本を読む気も無く、寒いから散歩もせず。

そんな季節を潜り抜け、ようやく訪れた暖かな春。

嗚呼、今年も乗り切った……('A`;)

しかしそこに安堵は無い。寝床に這いつくばって薄ら笑みを浮かべるのが限界だ。冬に疲弊した心と体は、春のワンシーズンくらいでは癒えきらない。立ち上がれるのは梅雨時。身も心もカビる頃である。我が身の哀れに感傷的にもなりますわ。

最近「自伝」を書きたくなってきた。純粋な創作意欲とは違う、生への執念みたいなものが、湧きつつあるのかもしれない。

なんか怖いけど、書いてみるかな……。

アヲイ、iphoneの機種変更に辟易するの巻。

思ったこと 電子書籍

曜日にスマホの機種変更をしにS◆FTB◆NKのお店に行った。
ケータイの機種変更は過去に何回かやったことがある。携帯ショップに行って新機種を選び、電話帳のデータなどを移し替えてもらって、新しいケータイを手に入れる。私は貧乏性だからポイントが貯まりまくってからタダの如く機種変更していたものだ。

だが、スマホの場合はちょっと勝手が違うようだ。
今回私が変えたのはiphone。六年前に買った4を7に変更する。六年ぶりの機種変更にあたり「果たしてこんにちの機種変更や如何」と事前にネットでチェックしてみた。すると、どうやらiphoneのデータは自分で出し入れをしなきゃいけないらしい。旧いiphoneをPCにつなぎ、ituneを使ってPCにデータのバックアップを取っておいて、後で新しいiphoneをつないでデータを復元させるという。

携帯ショップの人がやってくれるんじゃないの?

バックアップについては万が一のこともあるので常々とっていた。愛用のデスクトップ、Windows7のituneがその任を果たしていた。

バックアップはあるけれど、よく分からんから、できたらお店でやってもらおう。

そんな魂胆でSO◆TBA◆Kに出向いた。

 

もそも機種変更をしようと思ったのは、S◆FTB◆NKから手紙が来たからだ。「このハガキを受け取った方へ」というタイトルで、申し込むと10,000円分のポイントが付きまっせという内容だった。たぶん私がいつまでも旧いのを持っているから、そろそろ考えてもらえませんかねという案内だったんだと思う。その代わりその10,000ポイントは比較的新機種である7とかSEというのじゃなきゃ使えませんみたいなことも書いてあった。
宣伝に乗せられるってわけじゃないけど、すでに私のiphone4はヨボヨボで変え時だったから、まあいいきっかけになった。だいたい、電話がかかってきて【応答】をタッチしても出られないとか、もうすでに電話であることを半分止めたようなところもあったしね。

 

ぶん私のiphone4は、好い気になっていたのだと思う。
最近は、夜ひとりでバーなどに行くと、隣に座ってる知らないお姐さんが私のiphoneを目ざとく見つけ、「わあこれふるーい」「おもーい」「ぶあつーい」などとのたまい、手に取り片手お手玉の如く無造作に放るという椿事が多発していた。私はその度に「それぼくのー」と思いつつ、iphone4に軽く嫉妬したのも事実である。そのあと私が「いやあ、これもう動きが悪くてねー」と前置きし、ラインを開くのに1分かかるとか、たまにブラックアウトするとかポンコツの症状を述べると、お姐さん方はまるで骨董を愛でるような目で傷だらけのiphone4に流し目を送る。私のiphone4はSiriがいないところをみると、きっと雄なのだろう。そんな目で観られたら、大概の男は調子に乗る。そしてますます動きが悪いことを見せつけるべく、およそ精密機器らしからぬ愚図な動作で私を困らせる  おいiphone4、よく見ろ。お前を褒めそやすあのお姐さん方のスマホはみな最新機種だぞ。

 

SO◆TBA◆Kで私の担当をしてくれた人は胸に若葉マークを付けていた。案の定時間が掛かった。料金プランを決め、機種を7に決め、カラーを決め  私(♂)はなぜか発作的にローズゴールドを選んだ。この辺はいずれまた絞殺死体、もとい、考察したい  、あとは機械的な設定作業となった。

「あのう、一応家のPCにデータのバックアップを取っているんですが、何だか怖いので、こちらでデータの転送をしていただけませんか?」

すると、わかば(仮)は初々しい笑顔で

「それでは電話帳のデータはこちらで移行させていただきます」

「え? アプリとか音楽とかメールとかはどうなるんです?」

「それはご自宅のバックアップから復元してください。個人情報の関係で、お手伝いできないんです」

「えー……」

私が懇願しても、わかば(仮)は明るく首を横に振るばかり。その他、新しいイヤホンジャックについて尋ねてみたところ

「機体についてはAPPLEの管轄で、SO◆TBA◆Kでは何とも……」

と云い、フリーダイヤルの番号を渡されてしまった。

なんだか昔のケータイの方が機種変更は簡単だったなあ。というより、やけにこと細かになったなあというのが実感だった。時代なのかもね。

 

しいiphone7は、金桃色の輝きで私の手の中に肢体を横たえ「新時代へようこそ」と投げキッスを送るようだった。ピッと押したらパッと反応する。パスコードすら一瞬考えてから開錠するようになっていたiphone4と比べ、なんと洗練された動きか。4と7の差は歴然としている。まあ無理も無い。ドラクエファイナルファンタジーで考えて見給え。4はファミコンで7はプレイステーションだぞ。

それにしてもAPPLEのイヤホンは性能がいいね。オマケってわけじゃないだろうけど、とても「付属品」のレベルではないと思う。あの孔の配置の不思議なこと。

 

に帰った私はさっそくPCを立ち上げた。ituneでとっておいたバックアップをはやく7に復元してみたかった。案外自分にも無邪気なところがあるんだなと、変な意味でホッとする。

だが……まさかの事態が起こった。

iphone7のケーブルをPCにつなぎ、ituneを立ち上げると、こんなポップアップが出た。

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ケーブルを差し直してもダメ。PCを再起動しても、iphone7を再起動してもダメ。

どうなってるんぢゃーッ!

ネットで調べると、この不具合にはかなりの数の参照があった。

  1. ituneは最新版であること。
  2. PCは最新のOSじゃないとダメよ。
  3. USBにAPPLEのデバイスの云々がかんぬん。

などなど。

いろいろ善後策が掲示されていたが、私の場合は何を試してみてもダメだった。
2の最新のOSというのはどういうことなのだろう。APPLEのサイトを見る限り、対応はWindows7からとなっている。ウチのは7だからいいはずなんだけど、何度やってもダメだった。嗚呼、去年さんざん嫌って10にアップグレードしなかったことが、いまさらながら悔やまれる。

幸い、仕事用のモバイルPCがWindows8だったので、それを使ってみることに。まず、入れてなかったituneをインストールし、そのあとiphone7をつなぐ。itune起動  読みこんだ!
私は六年使ったiphone4を下取りに出さず持ち帰っていた。コイツをWindows8にぶっさしituneでバックアップを取る。その後iphone7につなぎかえ、データの復元を開始。メールやブラウザの設定、アプリや画像等々は、見事に7に引き継がれた。ただ、音楽データだけは元のMP3がWindows7のPCに入っているので移行できず、フラッシュメモリを使ってシコシコとコピペ作業……何だかんだでヘトヘトになった。気付けば夕方。お店を訪れたのは昼前だったから、実に半日がかりの機種変更だった。

 

も、思ったよ。
これ、年配の方には難しくないか?
PCにバックアップをとってとか、つないで復元してとか、IDがどうのこうのとか、アラフォーでも過酷だったぞ。単純に情報工学が発展するのは結構なこったけど、インフラに関わるものは福祉と足並みを揃えるべきだ。

それとね、いくら通信技術の進歩が日進月歩だからって、旧バージョンの切り捨てがあまりに早過ぎやしないかい? PCなりデバイスなりソフトウェアなり……イノチが短すぎるよ。これがアメリカ式なのか? 古い物はどんどん切り捨てて先に進もうというのかい? 日本はお年寄りを大切にする国柄だ、学校じゃ落ちこぼれが可哀想だからってみんななるべく低いレベルに合わせて進んでいく国柄だ……なにもそれがいいって訳じゃないけどさ。なんだか、あんまりじゃないかなあ。ついていけない自分も勉強不足なのかもしれんけど。

 

今回の「クビの皮一枚」は旧い機種を下取りに出さなかったことでした。
まあ人生であと何回スマホの機種変更に臨むか分からないけど、

「未来は便利になるが、易しくはならない」

そんな気がしましたね。

* 

KUに切り替えてから、ちょいちょいお読みいただいてます。

学園コメディ 無責任姉妹 1・2巻コンプ版: 漆田姉妹、跋扈ス。 (さくらノベルス)

学園コメディ 無責任姉妹 1・2巻コンプ版: 漆田姉妹、跋扈ス。

無責任落語録(26)「八代林家正蔵」

落語録 電子書籍

まさらながら、無責任姉妹3・4巻の合体本を出した。

ついこの前、各所に御免を蒙ってシリーズ全作をアマゾン一極集中、KDPセレクトに登録しキンドルアンリミテッド対応にしたばかりである。合体本のリリースは、全品がKU対応である以上、KUの利用者に大きな意味は無い。出す側にしても、ランキングを気にするならむしろ合体版なんかない方がいいのである。

それでも出したのは何故か。

うーん。自分でも分からない。

ただ、ひとつ言えることは「何かしてみたかった  それだけである。別に大それた野心を抱いているわけではないけれど、アカウント画面の折れ線グラフがほとんど動かないという閉塞感を打破するために、何かせずにいられなかった。あと、どうせ売れないのなら、安価でいいからできるだけ多くの人に読んでもらいたいという思いもある。

 

あ。
今うかつに閉塞感なんて言葉を用いたが、これはまさしくブーメランのように自分に返ってくる言葉だった。

だったら物語を書けよ。それが本懐だろ。

自分もまったくそう思う。書くのが好きなら、自分の道だと思うなら、そっちに邁進すればいい。一度公開した作品なんて、よほどのことがない限り振り返る必要は無い。いまのいま沸き立つ想いを、ただひたすら新しい原稿用紙に綴ればよいのだ。

だが、それができないから、本の表紙をいじったり、売り場の設定をいじったりする。閉塞感はあるけれど、沸き立つようなものは何もない。空虚な自分から目を逸らす現実逃避なのである。

売れないこと、手に取ってすらもらえないこと  こんなことは私の趣味書き人生においてザラだし、私の周りにいる人、いた人、おそらくこれから親しくなる人だって、ほぼほぼ同じだろう。だがこの焦れるような時間を経験することで、私たちはますます強くなり、なおかつそのような時間の連続にも卑屈にならずに文芸を続けることができたなら、いつか海路に日和がくる  と信じたい。これは切なる願いである。

けれども、現実に卑屈にならずに生きることの難しさといったら。私がしばしば耳にする「分かる人だけ分かればいい」という言葉は、誠実さのほとばしるような感じがして聞こえは好いが、現実には虚しさが漂う。「分かる人だけ分かればいい」ものは、はじめから分かる人にだけ渡せばいいのである。リリース後に言っても、ねえ。気持ちは分かるけど。

 

塞感なんてお構いなしに、頑固に己を貫き通し、周囲の調子に決して揺るがず、求める道を邁進する  そんな生き方ができればそれにこしたことはない。でも人はなかなかそう強くあれるものでもない。そのことを考える時、私がいつも思い出すのは八代目林家正蔵である。

八代目林家正蔵を私はリアルタイムで観たことはない。けれど、たくさんの口演がCD等で残っているので、比較的良い音質で往時を聴くことができる。独特のぶるぶる声、いかめしい佇まいは、いかにも頑固な伝統芸の求道者である。

 

の師匠、没後どのくらい経てか知らないが、他の噺家たち(むろん正蔵師匠より若い)からしばしばネタにされる。現在ベテランクラスの師匠連が、本や落語のマクラでこんなことを言っている。

正蔵師匠が受けたこと? ないよないよ。トリでさらったなんて、一度たりとも見たことない。

その日、いつも受けない正蔵師匠がいつも以上に受けなかった。

「戸田の渡しは雪でござい」って、なんなんだろ?

ヒドイ言われ方だ。
「ホントにそうかな?」
そう思って改めて聴いてみると、確かにあんまり笑うところが無い。録音の場合、客席も同録されるが、そこにも笑い声が無いので、寒々しいことこの上ない。

けれども正蔵師匠の噺は他の噺家のそれとは一線を画している部分がある。正蔵師匠の噺は「笑う」ものというより、「聞く」ためのものではなかろうか。客席が静かなのも、みんな聞きいっているからなのだ。もっとも、声がぶるぶるしているので聞き入らないと何を言っているのか分からないという点は否めない。

 

正蔵師匠はどう思っておられたのだろう。他の演者の時と比して、客席の温度差は明らかだったと思う。正直私も長いこと「正蔵さんはつまんない」と思っていた。だが、いくつか噺を聴くうちに「これは」という発見をしたことがあった。

それは「ちきり伊勢屋」の聞き比べをした時だった。

ピックアップした演者は圓生志ん朝正蔵の三者。圓生は最初に聴いたので評価基準に落ち着いた。志ん朝は彼らしくなく問題外だった。最後に期待せずに聴いた正蔵師匠の口演  ラストシーンの鮮やかさといったら! 情景が目に映るようだった。圓生志ん朝も一気に色褪せた。朴訥とした語りの中に、登場人物の熱っぽさが生々しく描かれていた。

だが、正蔵師匠の「ちきり伊勢屋」はプロットをかなりアレンジした内容だったので、最初に聴いていたら噺の意味すら分からなかったかもしれない(その点圓生師匠は丁寧でどんな噺でも最初から聴ける)。再度聞くと、ちょっと無理があると思うくらいの長口上や、無理なカットワークも無くは無い。

しかし、確かに私は初聴きで正蔵師匠の口演にビリリと来たのである。

正蔵師匠の落語は、ある程度聴きこんでいる人の耳にしか伝わらない部分があるように思われる。それはおそらく現代に絶滅しかけている落語耳、視覚メディアがほぼ皆無の時代、想像力逞しい明治大正昭和初期のオーディエンスだけが持ち合わせていた耳の良さである。正蔵師匠の口演は、通耳ありきの芸なのかもしれない。だとすると、私が「つまらない」と流し聴きしていたネタにも、実は正蔵師匠の果てしない芸が詰まっているのではないか  そう思うと、はて奥の深いものである。

 

朝最後の直弟子・三遊一朝を頂き、廃れなんとする道具立て芝居噺を続け、最後まで圓朝噺に取り組むなど、正蔵師匠の落語の求道者としての横顔はどこまでも真摯である。とりわけ一朝に落語を学ぶことは、近代落語の祖・圓朝と合一たらんとすることで、そのことが師匠の頑ななまでの精神性を形づくったのではないだろうか。くわえて「トンガリ」と呼ばれた馬楽時代や、彦六に名前を変えた経緯などを考えると、筋を通そうとする真っ直ぐな性格が正蔵師匠自身をますますストイックにしていったのではなかろうか。だから周りがどれだけ揶揄しようと、客席が水を打ったように静かだろうと、「おォれェは、おれェの落語をャあルぅぞゥお~」と、頑固一徹に己の落語を貫き通すことができたのだろうと思う。

でも、そんな師匠が「ステテコ誕生」という鼻の円遊の珍芸出世譚を演るってのは  どこかああいう芸にも憧れがあったのかもしれない。

正蔵師匠は持ちネタは多からず少なからず。以前何かの本で、立川談志がある師匠を評して「持ちネタが多い? 売れなかったってことだろ」と喝破し胸のすく思いがしたが、晩年ぶるぶる声の正蔵師匠も若いうちは声にみずみずしさがあり、噺も丁寧で、そこそこ人気があったと思われる。「中村仲蔵」「死ぬなら今」「お血脈」「戸田の渡し」……地語りの多いネタが多い気がする。あと廓噺。大のお勧めは「五人廻し」である。国立劇場の録音は客席もノッていて師匠もノリノリの感がある。

   *

まあ、八代目林家正蔵の一途な落語求道を通して、芸道に励む者の在り方を模索してみたわけだが、結局のところ分からんね。芸人は売れなきゃダメだ  これは志ん朝師匠が言っていた言葉だが、まこと真理であると思う。売れることで欲が出る、良い意味でプレッシャーにもなる。結果、芸が向上する。売れなければ卑屈になり、ダメになっていく一方だ  かの志ん朝ですら、閉塞感の及ぼす精神の矮小化を怖れていたのかもしれない。

誰もが正蔵師匠のようにストイックにはなれない。漠と立ち込める不安の中で己を保ち努力を重ねている時だけが、安心感を覚えられる。倦まず厭わず、飽きずにやってくしかない。

ただし、努力は自分を裏切らないが、成功を約束するものではないことを、忘れてはならない。

おしまい。

 

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