私は今、ファミレスの隅っこの席に座っている。長年通い詰めているから分かっている。この席は系列店共通で、エアコンの送風が直接当たらない。ドリンクバーで長丁場の私には最適の場所である。
その席の特徴と言えば、壁沿いながら窓が無い。壁の向こうは路面電車の走るさむざむしい通りである。しかし、窓なんているだろうか? 妙に冷えたり、西日が差したりする。むしろいらないのだ。
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しかし今日は違う。違うというか……なんかこう、窓がないゆえに悶々とせざるをえない状態に陥っているのである。
隅の席から広く店内に目を遣ると、私の前にボックス席が五、六席並んでいる。全て窓際で明るい。今、そこにいる客共はみな、一様に窓の外を見ている。しかも一点凝視。アヒルの群れが歩きながら一斉に一つ方向を見るように、みなぐーっと外を見ている。そしてこんなことを言っている。
「あらら」
「早く救急車を呼べばいいのに」
「あれはどっちが悪いの? バイク? 車?」
「女の人が立ってるね」
「あの人は関係ないでしょ?」
「パトカーも来ないねえ」
「人が集まってるねえ」
どうやら小さな交通事故が起きているらしい。ドンとかバンとかそんな音は聞えなかったから、大した事故ではないのだろう。客共は口々に「なにがああだ」「あれがなにだ」と言っている。
が、窓の無い私のところからは見えない。
ううう……なにがどうなっているんだろう。気になって仕方が無いじゃないか。
かといって、「どれどれ?なになに?」と自席を出て他所のボックスに割り込み、野次馬を決め込むのは、正直言って様子のいいもんじゃない。だから耳を扇のようにそばだてているのである。
それにしても、みな目のきらきらしていること ! 彼らはぬっくぬくなファミレスの中で、借景の向こうに事故処理のライブを観覧しているのである。そして口々に、映画の感想を述べあうように言う。「救急車を」「警察を」と。でもそれは画面の向こうの話であり、誰一人、自らそうしようとはしない。それどころか、みな実に楽しそうなのだ。
「道が渋滞するよ。歩道に引っ張ればいいのに」
(頭を打ってたらどうするんだ?)
「工事の人が集まってきたね。よかった」
(何がよいのか?)
「誰か救急車呼べよ」
(あるよねそういうの。「誰かが呼ぶだろう」って)
頭の中で会話に交じる私。画面を見ていない私は、彼らほど閲覧者然としていないから、耳に届く内容をじれったく思う。けれどもなにもできない。私も手をこまねいている。あっ、これじゃ彼らと一緒じゃないか。
ああ、見知らぬ君よ。助かってくれ。
いまだ救急車のサイレンが聞えないところを見ると、あなたは失神しているのだろうか。それとも誰かに助けられ、なにがしかの手当を受けているのだろうか。気になるけれど、私の場所からは、想像の窓しかなく、それは非常にあいまいで……。
*
年頭から新作に取り掛かっています。案外早いペースですよ。一週間でだいぶ進みました。……なんだろ、進行中の案件って、言っちゃうと頓挫することが多いので、これ以上はやめときます。あ、残飯カンパニーの続きではありません。
下のやつ、表紙変えました…このブログじゃ未反映のようですね。アクセスしてみてあげてください。苦労したんだから。そんでもって、読んで頂戴。本作は近々POD化するかもしれません。
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