アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

生まれて初めて缶詰になった話。

日、生まれて初めて缶詰になった。

何もアンチエイジング的な発想から、我が身の長期保存のために缶詰の具になろうと及んだわけではない。
さる長編記事の執筆作業を請けた流れの中で、

おいきみ一気に書き上げないか。招待してあげるから

と、依頼者からお呼びがかかり、指定されたホテルで打ち合わせ及び缶詰執筆をすることになったのである。

ホテルに缶詰め  この響き、いかにも作家っぽいではないか。

 

こでを刺しておかねばならない。私の仕事は作家ではない。小説家でもない。エッセイストでもない。こういった職種は自分の思想や感受性で身を立てる商いだ。私のは、依頼者様の言いたいことを文章にし、読者様へのお取り持ちをする、いわば交換士みたいな商売である。ひとはそれをゴ……いや、これ以上の説明はすまい。

 

も人間。とりわけケチでビビりな小市民だ。臆病風はイマジネーションの風下である。だから、缶詰にされる前にあたり、

「俺、なんか作家っぽくて、マジスゴくね?」

と、妄想じみてひとり悦に入る一方で

「これほんとなの? もしかしてドッキリでは?」

と、オロオロしたりもした。

いやあ、キモの座らんこと据わらんこと(どっちの「すわる」が正しいのかな?)。私の心は揺れるばかりで、北風だろうと南風だろうと臆病風に煽られるしかないのだった。

 

、その日がきて、指示されたホテルへ行ってみた。

いやはや、が飛び出たよ。ピョピョーンって。

泊まったホテルの高級なること。部屋の広さは私の1Kの住まいがすっぽり3つくらい収まるほど。高層三〇階の最上階で窓の外は大都会パノラマ。天気が良ければ日本アルプスが見えそうだ。風呂はガラス張りで外が一望でき、湯船につかるとあまりに極楽で土左衛門になりかねない勢い。訊けば一泊の料金が私のサラリーマン時代の月給三か月分に匹敵する、超弩級スーパーウルトラハイスペックVIPグレードだったのである。

依頼者には感謝感激、末代まで語り継ぐほど「ありがとう」の念がわく。その一方で超絶プレッシャーのあまり精神的にはほとんど瀕死と相成った。

 

が。
私は今回ほどこの言葉を思ったことは無かった。

立って半畳、寝て一畳、大飯食っても二合半。

依頼者様との打ち合わせが終わって、夜、部屋に独りきりになったので、せっかくだから見事な夜景を見ながら仕事をしようと、愛機モバPを持って窓辺に近寄ってみた。だが窓辺は大理石なもんでヒンヤリして寒い。しかも、こんなに広いのにわざわざ窓際なんて勿体ない気もするし、広さのあまり向こうの端から誰かが見ているような……集中できない

んじゃ、ちょっと休憩してビールでも飲むかと、ルームサービスを呼んでみようかと思ったが、ホテルなんてあまり泊まらないからやり方が分からない。それに出来たとしても高い料金を請求されそうで怖い。

仕方なく三〇階下の地上に降りて、コンビニで第三のビールおにぎりを購入。VIP専用エレベータにコンビニ袋を提げて乗り込む。ハイソな同乗者の視線を逸らしつつ、エレベータをやり過ごすと、ただ広いだけの無人の部屋へ戻り、おにぎりのビニールを器用に剥いて、冷めた飯粒をモソモソ口に入れた。

  いかん、何か知らんが、このままじゃいかん。こんなところ滅多に泊まれないのだ。満喫せねば勿体ない。

私は気を取り直し、やる気を振り絞って再び原稿に向かった。

 

だが

 

  おちつかねえ。やっぱりおちつかねえToT

 

いつもの場末のヤニくさい喫茶店の方がなんぼ落ち着くことか。ホテルに缶詰めなんて、所詮缶詰だ。やっぱり私、腐ってもいいから生鮮食品でありたい。切れば血も出る涙も出る、それでも自由に息の出来る生身の物書きで、ありたいのだ。

かつて、三代目三遊亭金馬は五代目古今亭志ん生との対談で、志ん生を称して言った。

「芸人はネェ、やっぱり志ん生さんみたいに貧乏を知らなきゃダメだヨ」

その言葉に志ん生「んん~、まァね」とボカシて嗤っていた。極端な貧乏は卑屈になるからいけないけど、やはり庶民感覚みたいなものがなけりゃ、文章書きは務まらんと思う(ことビジネスにおいては)。だから、高級ホテルがすぐに馴染んじまうようでは、芸事をやる者としては不適格なのだ。

からこれでいいのだと自分に言い聞かせ、仕事の原稿を書き続けた。もちろんはかどらない。夜中三時くらいまで書いていただろうか。そのうち瞼が閉じてきてどうしようもなくなり

  もう寝よう。

諦めて寝室へ向かった。ダブルベッドだ。翌朝は依頼者とミーティングなので、携帯のアラームを合わせ、ベッドサイドのコンセントに充電。さあ寝よう、せっかくだから真ん中にってんで、ダブルベッドのど真ん中大の字になって寝た。

翌朝。

アラームで目が覚める。カーテンが分厚くて部屋は真っ暗だ。アラームを止めようとベッドサイドに手を伸ばすが……届かない。いつもソファベッドで寝ているため、寝台の空間感覚がまるでちがう。何とかアラームを止めようと、思い切り身体をよじり、ひねり、のばし  

あ゛ぁ゛('A`)!

肩から背中、腰にかけ、たすきがけに攣ってしまった。

二泊目は、ダブルベッドの隅っこに、エビのように小さく丸くなってピクリとも動かない私の姿があった。

もういい、早く地上に帰りたい。

翌日のチェックアウトが極めて解放感に溢れていたことは、私にとって庶民であることを再び許されたかのような、そんな感覚でした。 

まあ、恥もベソもかくが、原稿だけはなかなか書けない缶詰事件の顛末でした。

以上、お粗末様です。

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