アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

アヲイ、堺東を一人で三軒飲み歩くの巻。

前「これは老いかもしれない」みたいな記事を投稿した。特に反響も無く、ま、他人様の目には当たり前のことだったのかもしれんと、消化試合的な結末に無常を感じていたのだが、このたび我が業務にめずらしく、大阪に出張することになったので、これぞ埋没した好奇心を掘り返すチャンスだと、勇んで旅立った。

赴いた先は堺市。縁もゆかりもない。昔、関空から大阪市内に行った時、電車で通ったことくらいあっただろうけど、意識すらしなかった。足を踏み下ろすのは初めてである。
仕事を済まし、ホテルに荷物をほっぽって、スーツのまま夜の街へ。ホテルの最寄り駅は堺東というところで、その近辺でひとりウタゲを催そうというのが、魂胆である。

実は、先年、月一くらいの割合で東京出張していた。あまりにも頻回で、はじめのうちこそお上りさんよろしく「北千住だ」「神田だ」と出歩いていたものの(銀座や赤坂じゃないのが悲しいところ)、何回か通ううちに、仕事を済まして時間があっても飲み歩かずホテルへ直行。コンビニ弁当とやっすい発泡酒でそのまま寝入ってしまうようになっていた。そんなに疲れていたわけではない。慢性病のようにまとわりつく退屈と諦念が、怠惰と相まって我が身をベッドにひきずりこんだのである。せっかくの出張だと言うのに、旅先の酒を汲まぬとは礼儀知らずな奴めと、我ながら哀しくなったものだ。

だから今回こそは、無念無想で街に出たのである。

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東というところは、思った以上に魅力的なところだった。
大きな街の大繁華街というわけでもなく、かといって生活圏にモロに接して所帯じみているわけでもない。大阪のサテライト繁華街  といったところだろうか。あまりよく分からないが。
アーケードの中をぐるぐる歩き、まずは店を物色した。そうして三軒の店を訪れた。

 

じめに訪れたのは「さかゑ寿司」さんである。

以前、どこかで誰かが「大阪は寿司どころではない」なんて言うのを聞いたことがある。しかし、空腹で米を食したかったのと、装いがスーツだったこともあり、不評を承知で寿司にした。安物とはいえ一張羅のスーツをホルモンや焼鳥の煙でいぶしたくなかったのである。キザったくてすまん。だって、翌朝も仕事で、お客さんに「くっさ」と思われたくなかったのだもの。小林もそのくらいの気は遣うのだ。

お寿司、とてもおいしかったです。誰だ? 大阪が寿司どころじゃないと抜かしおったのは。厚切りのしめ鯖、小味のきいたサヨリ。旨かった。きわめつきは穴子である。鱧のように細かい刃が入れてあって、口の中に入れたら極楽浄土の妙なる音楽が聞えたような気がした。やっぱり、寿司に関しては【穴子>鰻】だ。

客は自分とハンチングのオッサン二人だった。両名カウンターである。無人の椅子を三つくらい挟んで座っていた。私が大将に穴子をたのむと、オッサンが「じゃ、ぼくも同じもの」と言った。実は、こういうのが非常に私としてはむずかしく感じられる。というのも、「同じもの」というのは大将に向けられた言葉だが、引用されたことで私との関連性もあらわれてくる。こういう時はオッサンを向いて愛想よくほほ笑むべきなのか、それとも……。

と、こんな感じで、無駄に面倒臭い気持ちのまま一軒目を後にした。

 

f:id:awoii:20181116011342j:plain軒目は「立ち呑み処のんき」さんである。

堺東のアーケードをぶらついて思った。立ち呑み赤提灯のなんと多いことか。細い道沿いに無数にビッシリ、どの店も人でいっぱいだ。長い暖簾の下におっちゃんたちのズボン、お姉さんたちのヒールが幾重にも重なって見える。いいなあと思う。こういうところが鹿児島にもあれば。鹿児島は焼酎どころといわれているが、焼酎文化はあっても酒飲み文化があるかと言われたら、案外そうでもない気がする(アル中は多いけど)。駅前に「やたいむら」なる飲み屋の集まった(集められた)ところがあるけど、あんなもん、無理してこさえているだけで所詮は観光客向けである。

しかし、だ。鹿児島の似非文化街は外向けなので誰でも入りやすいが、ここ堺東の地元密着の立ち飲み屋は、どこもかしこも常連感ムンムンで、外地の人間の私としては、なんとも足の踏み入れづらい雰囲気だった。
それでもまあ、せっかくきたのだし、と、すし屋で飲んだビールのわずかな勢いをかりて暖簾をくぐったのが、この「のんき」さんである。

店内は、いかにも大衆立ち飲み屋といった風情だった。店は奥に細長く、片側に長いカウンターが沿っている。隅々まで光の届かない薄明かりのもとに、食べ物の匂い、厨房の熱気。時代がかった木製のカウンターには先客が数名いた。壁には焼き料理の短冊がずらり。奥に料理の鉢が並べてあって、最奥の高いところにテレビがしつらえている。入ったら「おかえりなさい」と声がして、「そうそう、この世界観」と、ある種の設定に潜りこむことを許された気がした。
家庭料理を焼酎でいただく。結局旅先でも焼酎である。これはもうDNAの問題だ。肉豆腐が美味しかった。店員は大将と奥さんに、素朴な感じのアジア風の女の子が独り。新人なのか、剣突をくらいながら一生懸命働いていた。丸顔で愛嬌がある。いろいろとおもしろい行動をとって、叱られていたが、お客としてはなぜか味方したくなる。こりゃ人徳だなあ、と。

 

軒目は「バー・ピッコロ」さん。「のんき」さんから歩いてすぐである。

このころすでにお腹も満ちていたので、あと一杯飲んでおひけにしようと思ったとき、締めにワインも悪くないなと入ったのが、ここだ。
こじゃれた雰囲気で地元感や場末感はないけれど、飲み屋の需要は常にそこにあるわけではない。客席を見渡せば、女子会だの、カップルだの、若い人が多かった。なるほどうなずける。堺東をぐるりと見回すに、ここはオッサンのための街。若者が通いそうな、カップルが逢瀬に使いそうな場所はあまりないような気がした。そういう需要を一手に引き受けているのが、このお店なのだろう。

けれどもかくいう私もオッサンだ。
カウンターでひとり飲んでいる姿に、どこか悲哀が漂ったのか、あるいは気を使われてか、店員さんから声を掛けられることは無かった。ちょっとくらい商売っ気をだして、つまみでもどうですかと言ってくれたら、頼まないでもなかったのに。

もう少しブラブラしたいなと思うところで、潔くホテルに帰った。オッサンになって、酒の切り上げ方だけは、うまくなった気がする。つまり自分のむらっ気の増減が自分で分かるようになったということだ。

 

東。いい街です。
飲み屋街というと、津々浦々に様々で、銀座のように高級店の集まるところもあれば、びっくりするくらい路地々々した場末の街もある。最近はテレビなどでそういう店をムリクリにピックアップして「いいでしょう? すごいでしょう? わかるかな? この良さ」ってな風にやってる。あれはどうかと思いますよ。なんだかんだいって日本で一番多いタイプの飲み屋街は、堺東くらいの規模・雰囲気だと思うし、それこそ街々の飲み屋街というのは、そこを訪れる人々のいろんなものを計り合わせたバロメータみたいなものでもあると思う。堺東に立ち飲み屋が多いということにも、何かしら理由があるのでしょう。とにかく、どんな飲み屋街も、その街のひととなりを映し出す結晶で、外地から訪れたら民俗学的な楽しみ方ができると、そう思うわけです。もっとも、街々で飲んでいる地元民たちは、ほぼほぼホッとするために飲んでいる  そうして一日の疲れを癒す  というただそれだけなのでしょうけどね。

 

うだ、出張先で活動したぞ! とのたまいつ、こうして書いたのを読み返すと、実にめんどくせえオッサンであること。
黙って飲みゃあ好いのにさ。えらそうに、何が民俗学的、じゃ。

最近本が売れない。買ってください。
損はしませんから。けど、得は、自分で探すもんです。
以上です(^o^)

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