アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

人生半分、婚活子に寄す。

(以下自ツイートより)

週、再来週と、合コン以上お見舞い未満みたいなのが重なる。「いい年」をたいがい越えた私。相手も同じ様な年端で、ガチ&マジな人がふえていく。それだけに、自分に自信のないぼくは、もう会うだけで申し訳なく、セッティングされるだけで詐欺を働いているような、そんな気分になるのである。

一番の問題は、こうだ。

冷静に考えて、ずっと独りでもいいとすら考えているのに、なぜ合コンやお見合いのお声がかかると、はいはいと出掛けていくのか。もちろん声を掛けてくれる仲介者の顔を立てなきゃとか、そういうのはあるけど…そもそも誠実じゃない気がする。心のどこかで独りが嫌なのか?

 

っちゃけ、妙齢婚活市場はハイスペック女子がかなり増えている。行けずか出戻りか。こちらだって選ばれる側なので、謙虚さはもたねばならないが、やはりいい歳をして一人のままのひとは、明確な理由がない限り、何かしら抱えているものは大きい。

うつくしければうつくしいほど、そこには、なにかが、まちがいなく、ある! それをファーストインプレッションの席で見抜けなかったら、もう餌食になるしかない。…いやしかし、それでもいいというくらいに孤独を拗らせている人は、現実に多い。やばいと分かっていて、焼け火箸を掴むのである。

 

験的に誰とも深い仲にならないのが分かっている(むしろ忌避している)のに、なぜそれを前提とする婚活的催事に出掛けてしまうのか。自分の心の内に何か哀しい物語でも隠れているのか。だいたいね、相手に何某かを期待するような結婚なら絶対にしない方がいいのである。与えても施されたくはない。

まあ、実は答えは分かっている。端的に言うと「退屈だから」。その一言に尽きる。

合コンもお見合いも、それどころか結婚も離婚も、死別後追いも、表向きはいろいろあるけれど、この世にこのままでありたくないという思いが、にじみでるものではなかろうか。だったら退屈だって立派な理由だろう。

 

退屈…これは相手にとって失礼なのだろうか。

考えてもみたまえ。「あなたと一緒になる理由は、年甲斐、それに介護、あと老後」といって稼ぎすら期待する…そんな狙いの婚活よりも、「毎日退屈だからさ。何にもしなくていいから、話し相手になってよ」くらいの方が、ずっとよかあないか?

しかし実際に結婚する際は、こういう回りくどいことは一切すっとばして「じゃ、一緒になろっか」「うん」と、ワンテンポで行っちゃうもんのような気がする。志ん生が演ってた。「『おぉう、あんた着物の紐がほどけてるよ』『あらありがとうぞんじます』ってんで、それで一緒になるてぇ…」理想だ。

 

もあれ、一つの基準は「小林アヲイ」である。このような活動に対し、一定の理解を示してくれること…興味を持てとまでは言わない。ただ、理解してくれれば、それでいい。婚活の条件は、ま、わがままを気取ってもこのくらいじゃなかろうか。分かってくれたらKDPの利益を10%やってもいい(傲慢

まあ、「私、小林アヲイっていう活動をしてるんですよ」と白状するまでには、相当な時間の経過と関係の構築が必要だろう。それはたぶんこっちに問題がある。こんだけやってながら、やはりまだどっかこっぱずかしいのである。なぜって、恥ずかしいから恥ずかしいのだ。

一生懸命やってるから、まだまだだと思うから、恥ずかしいのである。

 (以上)

グリーンボーイ・アッパータイム

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