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創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

無責任落語録(35)「五代三遊亭圓楽」

年の暮れ頃から、ほっとんど売れない自分のKDP作品共に何かしらの刺激を与えて日を当てようと、ああでもない、こうでもないと考えていた。で、ふと思いついたことがあって、一部作品で試してみたところ、どうしたことか、ちょっとずつだがDLされるようになった。

なんだ、こんなことが有効だったのね。

と、思っていたものの、二十日くらいでその効果がぱったりと止み、我が著作共は再び深い「売れない」闇に閉ざされてしまった。今思うと、ちょっとずつDLされていたのも果たしてその施策の効果だったのか疑わしい。ある程度みのりのある検証結果が弾き出せたら、それを電子書籍にまとめて一丁売り出そうと思っていたが、どうやらお蔵入りになりそうである。

 

手くいくと思ってやっていたのが、あれよあれよとダメになる……最近だと、ビットコインの暴落や、YOUTUBEの広告基準変更など、一部の人々が首を括りかねない現象が起きている。こういうのを目の当たりにしていると、落語ファンな私はついつい、かの「若竹」を思い出してしまう。
そう、今回のお題は五代目三遊亭圓楽
分からない人を無慈悲に置き去りにして論を進める本ブログの風潮は、2018年も変わりません。

 

和から平成の転換期、五代目三遊亭圓楽ほど日本中に名の知れた落語家はあるまい。なにせ国民的長寿番組「笑点」の司会を23年も務めた。落語家が登場する番組は数あれど、寄席の雰囲気を基調とした演芸番組は他に類を見ず、この番組で名を売れば「落語家」として全国的に有名になる。他の雑多なバラエティー番組に出ても「タレント」としてしか売れない。落語芸の牽引者・伝統芸能の伝道者としての認知度づくりは、「笑点」の専売特許である。

もっとも、現在NHKには「日本の話芸」や「落語ザムービー」といった番組があるが、前者はホール落語の録画中継に過ぎず、後者は私見だが落語を破壊する番組であると思う。落語家を主役に据え、寄席のムード、寄席芸人の雰囲気をそのままに伝える番組は今現在「笑点」だけで、NHKの番組との違いは「お客様の御機嫌を伺う」という芸人らしい心意気をきちんと醸していること。これは非常に大事なポイントである。とはいえ、そこに落語そのものが介在しないのは致命的な欠陥だ。

 

を戻そう。圓楽だ。
有名人に毀誉褒貶は付き物だが、関係者の著作を読むにつけ、こんなに嫌われ者もいない。「嘘つき」「気障り」「厚顔無恥」……弟弟子の書籍に目を通すと軒並み悪罵が並ぶ。圓楽が惣領弟子を務めた六代目圓生一門は、落語協会との分裂の際、内外にさまざまな禍根を残した。その関係者の言葉をそのまま鵜呑みにするのは客観性を欠くことになり危険かもしれないが、それにしても五代目圓楽には不可解な点が多い。
私がそれらの書籍によらずに抱いた不可解な点をいくつか並べてみよう。

 

圓楽の芸はなぜああなのか。

「ああ」は「嗚呼」とも言える。察してください。
圓楽の述懐によると、落語入門の経緯は「三遊亭歌笑に憧れ、二代目圓歌に入門しようとするが断られ、六代目圓生に入門した」とのこと。戦後の爆笑王・歌笑の師匠は二代目圓歌。だから、圓歌に入門しようとするのは分かる。だが、断られた後に毛色の違う圓生に入門するとはどういうことなのだろう。落語家になれれば誰でもよかったのだろうか。

前名である三遊亭全生の頃は「圓生のコピー」と言われていたという。全生時代の録音を聴いたことが無いので、この点は言及のしようがない。だが、後代のネタを聞く限り、圓楽の落語はどれをきいても「ザッとしていて」「大仰で」「キザで」とても圓生の弟子とは思えない。今でも落語協会の席を訪れると圓生直弟子の川柳川柳三遊亭円丈両師匠の高座を聞くことができるが、言葉の端々に圓生の口跡が伺える。お二人が創作落語で長い時代を築いてこれたのは、ひとえに圓生に鍛えられた下地があってこそで、それゆえに端々に圓生っぽさがでるのである。かたや、圓楽の録音を聞いていて「圓生」を感じることはほぼない。全生時代にコピーと言われて極力消そうとしたのか、それとも。

それにしても、あのキザさはなんなのだろう。「星の王子様」「湯上りの男」等々、つけられたニックネームが示す通り、敢えてキザを売り物にしていたところのある圓楽。だが、落語にキザは絶対にダメだ。わざとやるキザならいいが、圓楽のキザは生来のキザにしか聞こえない。あのキザささえなければ「死神」も「芝浜」もまだ聴けたと思う。キザなくらいなら野暮な方がずっといい。落語は大衆芸なのだから、鼻についたらNGである。
ちなみに「おすわどん」だけ何とか聴けるのは、噺自体のあまりの下らなさが、圓楽のキザをかき消しているのだと思う。

そんな圓楽も、一時期「落語道に精進する」として笑点他テレビを全部降板し、落語会に打ち込んだ。これには圓生のキツイひと言もあったらしいが、時すでに遅かったのか……。後に笑点に戻った時は、もう開き直っていたのかもしれない。

 

圓楽は何を目指していたのか。

落語協会分裂騒動においては、五代談志と五代圓楽の暗躍説が色濃い。円丈師匠の「御乱心」を読むと、圓楽の行動は悪役そのものだ。前にも述べたとおり、関係者の著書を下敷きに語るのは公正を失するが、「火の無いところに煙は立たぬ」の例えもある。

圓生没後、圓楽一門は「大日本落語すみれ会」を発足した。思うに、長い目で見たら落語協会に帰った方が良かったのではなかろうか。いま、六代目圓楽師匠が芸協の席に客演のような形で上がるようになったが、この師匠だって、楽太郎時代にもっと定席に出ていたら、もっと違う噺家になっていたのではないかと思う。
もしかすると、圓楽には起業家的・野心家的な部分があったのかもしれない。黴臭い落語協会に戻るくらいなら一旗揚げよう、と。啖呵を切って出たのだし、いまさら談志や志ん朝の下になるのも嫌だったろう。

最後の最後に禍根を残したのが七代目圓生襲名騒動である。圓楽圓生夫人ら五名の連名で止め名になっていた三遊亭圓生の名跡を、圓楽が「自分の弟子(鳳楽)に襲名させたい」とコメントしたことで、襲名争いが勃発した。圓楽としては、自分が生きているうちに圓生襲名の道筋を立てておきたかったに違いない。現在、落語の大名跡は空きばかりである(志ん生圓生・柳枝・松鶴…)。大名跡の空位は落語界の「宝の持ち腐れ」であると私は思う。よって圓楽の発想自体は良いと思うが、しかし、連名になっている以上、自分の意見だけではどうしようもないことは、本人だって分かっていたはずだ。しかも落語界の重鎮の発言である。軽いひと言でも重く扱われる。
もしかしたら、圓楽は自分の命数を悟って焦っていたのかもしれない。

 

◆結局、圓楽は「星の王子さま」だったのか。

サンテグジュペリが何と言うか分からないが、圓楽は結局TVスターだった。スターを「結局」扱いするとは何事だと批判を受けそうだが、つまり、落語家としては普通…だったのではないかと思う。この評価をどうとらえるかは、この長ったらしい文章をここまで読み切ってくれたあなたの了見に任せよう。芸人は、有名になればそれでいいのか、売れればいいのか、芸は要るのか、要らないのか、後世に名が残るべきなのか、残らなくていいのか。

とにもかくにも、長い落語の歴史の中で、圓楽のような売れ方をした落語家は実はあまりいないのではないかと思う。

いやはや、「長い・固い・重い」見事な悪文三態でフィニッシュしてしまいました。おまけになんと後味の悪いことか。無責任落語録始まって以来のクソミソ感です。別にそんなに嫌いじゃないですよ、五代目師匠。一時期は日曜夕方の顔だったじゃないですか。覚えていますよ、あの名調子。

…といったところで笑点お開き。

また来週のおたのしみ。

日本香道のCMまで弟子に譲るなんて、なんて素敵な師匠でしょうね。
といったところで、無責任落語録も、お開き。

 

学園コメディ無責任姉妹 1: 漆田琴香、煩悶ス。

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