アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

無責任落語録(12)「三代桂三木助」

近このブログを書いていなかったのは、進行中のコメディの原稿を進めていたからだ。ブログを書くのは嫌いじゃないが、同じ書くならやはり作品に比重を掛けたいと、そうしているわけである。

でも「たまには書きたいな」と。

から、何をするにも、もう少しというところで我に返ってやめてしまうタチだ。そのせいで、私の人生には中途半端が多い。書き終わらなかった小説、得られなかった金、とりこぼした手柄、実らなかった恋……嗚呼。後になって「もう少し頑張ってたら」といつも後悔する。今書いている無責任姉妹も、そうならないようにと自分を励ます日々である。

それにしても、我に返ってしまうというのは【自分にはどこか冷静なところがある】という、知性の証明でもある。

物事を突き詰めてやっていくと、いつしか感覚が麻痺してきて「こんなことをやってどうすんのよ」「何の意味があるのよ」と理性が騒ぎ出す。結果、行為はストップされ、費やした努力は無に帰す。もちろん理性は大切だ。社会生活を送る上でこんなに大事なものは無い。だが、こと努力の途においては、障害になることの方が多い。この壁を突き抜けるには、冷静さや理性をかなぐり捨てた  すなわち「バカになる」ことが肝心なのだろう。

だが、私はバカじゃない(無能だが)。

  と、ここまで客観視できているのなら、なんとかなりそうなものである。

いかに自分のモチベーションを維持して先に進むか。つまりこれには自分の理性が首肯するような「ゴール設定」が必要だ。それも、途中でその設定自体に飽きがきたりしない、強固な何かである。

 

DPの世界では、多くの方々が作品をリリースされている。結構なボリュームの作品を、結構な数出している人たちは、ホントにスゴイと思う。よく途中で投げ出さず、こんな大量なものを最後まで……きっと崇高なゴール設定があるのだろう。まさかタダの自己満足や暇つぶしではあるまい。きっと「売れたらいいな」とか「出版社から引きが掛からないかしら」など夢があるに違いない。あるいは別の目的で著した作品にいろいろ都合があって、第二の人生を歩ませているケースもあるだろう。それとて第一の人生で何か大きな理由があったはずだ。

 

代目桂三木助は、常に「目的」と「理由」を求めた落語家  理性と芸道に軋轢しながら、当時全く新しい「名人」に上りつめた落語家であると思う。敢えて「芸人」とは書かない。

紆余曲折の人生である。落語に入門したが先が見えず、踊りの先生に。博奕にのめって「隼の七」と呼ばれる荒んだ生活。その後落語に戻り、団体を替わるなどいろいろあった。のちに芸術祭奨励賞を受賞。「これから」という58歳で死去。

なかなか上手くいかない人生は、きっとどこかで理性が働いたのではないかと思う。というのも、三木助師匠の口演を聴く限り、どう考えても馬鹿になれる人ではないと思うのだ。

 

ある落語家の中で、もっとも耽美的だと思う。

むろん「芝浜」のイメージは強い。しかしむしろその優しい口調は、「味噌蔵」「道具屋」「へっつい幽霊」など、軽い噺と相性がいい。左甚五郎などの名人伝も、いかめしくならず、三木助独特の雰囲気がある。他の落語家には無い独特のオーラがある  何といえばいいんだろう、知的? 美的? 粋? 鯔背?  おおもとは、三木助のずば抜けた視力と、頭の良さに由来するだろう。

十八番の「芝浜」は元々圓朝三題噺の一つ。落語評論家の安藤鶴夫氏らと練りに練って改作したという。落語家が一人で作品を編み上げるのではなく、複数人の意見を入れて噺を作り上げた。こういう物作りの在り方も、それ自体の豊かさを味わう一つの手立てであろう。KDPの世界でも何やらあったと聞こえている。

向かない噺は多かっただろう。やらなきゃいいだけだ。
(これって理性による停止? 馬鹿になるべき?)

チベーションを外部に求めるのは、決して悪い事ではない。理性が首肯するような理由があるのなら、それが何であれ、貪欲に旗印にするべきだ。

最も懸念するのは、そう言った理由を全く思いつかない状況である。

年を経るほど、何をするにも「馬鹿らしい」と思うようになってきた。もはやこうなっては、理性的な自分に見つからないように、走り抜ける以外に術はない。