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創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

無責任落語録(10)「二代桂枝雀」

メディを書いている。面白く書くというのは難しいものだ。突き詰めていった挙句、結局こんな思いに至ってしまった。

笑うという感覚は如何なるものなのだろう???

うーん。他の感覚と比べてちょっと違う気がする。怒りや悲しみというのはいろんな事象が頭の中で解釈されて沸々と持ち上がってくるものだが、笑いというのは突発的なものだ。おかしいことを見聞きしたその直後にブハッと笑いがこみ上げる。まるで視覚聴覚と直結しているかのようだ。もちろんそうではない「嗤い(冷笑・嘲笑・苦笑)」もあるが、これは笑いにかこつけた別の行動と言えよう。

また、笑いは人によってツボが違う。子供なんかは「ウOコ」とか生殖器のことをいうとキャーキャー笑うが、大人になるとそうでもなくなる。あと、物まねを観て、全然ネタになっていないのに「チョー似てるアハアハアハ」と、似ているだけで爆笑する人もいる(こういう傾向の人は案外インテリが多い気がする)

ベルグソンは著書の中で笑いというのは反社会的なものへの何かが何とかだと書いていた。私はそれを読んで、いかに偉い先生が言っていることにしても「そうかな?」と思ったものだ。

おお、話が大脱線した。ちょっと飛躍するようだけど、私が言いたいのは

読む媒体は果たして「笑い」に適しているのか

ということだ。突発的現象を喚起するために、チビチビ読み進める媒体は、難しく思えて仕方がない。


て、物語で笑わせるのが落語だが、私はかねてより、落語が本来指向する笑いと、4半世紀に一回くらいあらわれる噺家出身の「爆笑王」の生み出す笑いとは、かなり乖離していると思っている。

高座の歴史を振り返り、爆笑王の系譜を見てみると……明治の珍芸四天王にはじまり、うーんと下って兵隊落語の柳家金語楼、戦後の三遊亭歌笑歌笑純情歌集」、柳亭痴楽「綴り方狂室」、三遊亭歌奴「授業中」、月亭可朝「ボイン」、林家三平などなど。

彼らはみんな、妙な手踊りや色物そこのけの珍芸、客いじりや過激な個性で人気を博した。正当な古典落語を通じて爆笑王の名を恣にしたわけでは無い。中には創作落語で売れたものもあったが、爆笑王と言うまでは無かったと思う。

 

が、たった一人だけ、爆笑王の名にふさわしい古典落語噺家がいる。二代桂枝雀である。
今現在45歳くらいより下の落語ファンは、桂枝雀を見て好きになった人が多いのではなかろうか。かくいう私も入口は桂枝雀でした。

桂枝雀は周知のとおり、自ら命を絶って亡くなった。落語を徹底的につきつめて病んだのだと人は言う。ほんとのところは分からないが、確かに彼の落語家人生を振り返るとそんなところが見受けられる気もする。

枝雀の落語変遷は、こんな風だと思う。

  1. 桂小米時代
    師匠桂米朝の演り方を踏襲し、きっちりとした噺運び。でも巧さは際立っていたし、1080分落語会の録音など聞いてみると、枕ですでに後年の彼らしさが伺える。
  2. 枝雀・前期
    陽気な芸風を一気に開花させ人気者に。上方落語で独演会をやり満席に出来るのは松鶴米朝の他、彼くらいだったのではなかろうか。だが、この頃はどこか「べたっ」とした語り口で、しつこさがある。
  3. 枝雀・中期
    ベタッとした感じが抜けて聞きやすくなる。映画やドラマにも出て名前が知られる。完全に全国区に。一方で英語落語をやったり、「笑いとは緊張と緩和」と言い始めたり、この辺からややこしくなる。
  4. 枝雀・後期
    創作落語が増えていく。「いたりきたり」「山のあなた」など、なんだか暗い噺が多い。あんまり笑えなくなる。

枝雀の陽気な芸風のポイントはこんな点だろう。

  • 正面を切らない
    この当時の上方噺家にはいくつか見られたが、かなり斜めに座る。表情や身体の動きを大きく見せる。
  • オーバーアクション
    手足の派手な動き、座布団の上でジャンプ、ただでさえ面白い顔を百面相する等々。「宿替え」などアクションの大きなネタで息も絶え絶えになる高座は見ものだ。
  • 個性の固定化
    枝雀独特の個性表現がある。「すっ、すびばせんね」「あーはぁーはぁー」等々。

人口に膾炙するのは以上の三点だが、これ以外に私が思うのは、与太郎キャラの相手をするキャラのツッコミが控えめなことだ。例えば、米朝一門のお家芸の一つ「代書屋」で、代書屋が留五郎の無茶苦茶な発言に対し小さく手を振って否定する。そのあっさり加減が、過剰に高まった留五郎の個性を一層増幅させている。

 

笑ネタが多いが、個人的に好きなものベスト3を挙げると

1位 くっしゃみ講釈
2位 上燗屋(上方「首提灯」の前半)
3位 代書屋

全ての名人に言えることだが、どちらかというとあっさりしたネタが珠玉である。膝前くらいに来そうなネタだが、桂枝雀が膝前だったら膝替わりは一体何をどうすればいいのだろう。下手を打つとトリが死ぬ……(尤も上方の寄席はそういう番組構成じゃないのかもしれないけど)

 

て、そんな爆笑王も4)の時期から変わってくる。彼が自ら方向転換して生み出した、陰のある笑いの時代である。私はこの当時の彼の録音を聞くと、いつも後期チャップリン映画を思い出す。「あんなに面白かったのに、なんか怖くなった」子供ながらに裏切られたような気がしたものだ。
なぜこうも変わったのか。

私が「!」と思ったSR落語のネタがある。

母と娘が夜空を眺めていました。
「あ、お母ちゃん、流れ星!」
「ほら、早くお願い事をして」
「早くお父ちゃんに会えますように……」
「これ、いけません。父ちゃんには私たちの分まで長生きしてもらわなあかんのだから……」

※もしかしたら枝雀じゃない出典があるのかもしれないな。

初めて聞いた時はゾッとした。

この噺の妙味は、普通「こちら側」にあると思っている視点が、実は「あちら側」にあるという点だ。他の落語噺にこんな効果を組み込んだものは存在しない。

この時期、彼が練り上げる噺には、人間の内面をえぐろうとする試みが見受けられる。言うなれば、桂枝雀は落語に哲学を持ち込もうとした。だが生の哲学をそのまま組み込むことはできないので、つなぎとして文学的手法を用いた。そうしているうちに彼の落語は変わってしまい、元に戻すことはできなくなっていた。
一方で、観客はいつまでも陽気な爆笑落語を求めていた。
こうしてかつての爆笑王は、追い詰められていく  

うに、桂枝雀は気付いていたのではないか。
芸人として観衆を爆笑の渦にひきずりこむのは本望だろう。だがもともとロジックでしかない落語で爆笑を実現するには無理がある。そこで彼は個性的で陽気なあの芸風を開発し、落語を華やかに変えた。事実それは成功した。だが、やはり受けているのは所詮後付けの陽気さに過ぎない。しかも落語を重ねていくうちに、次第に落語本来の持つ説話性・人情性(業:説・談志)を突き詰めてみたくなり  結果、自らを追い込むことになった  のではないかな?と思う。

 

に私は桂枝雀を「古典落語の爆笑王」と書いた。だが、実際は「古典落語に最も近寄せて爆笑を誘った」という言い方が本当だろう。世に数多あふれる枝雀論とはだいぶ違うけど、批判承知で正直そう思う。

本来落語というものはロジックであり、突発的な生理現象としての笑いを生み出しうるものでは無く、知的充足や感情移入により、豊かな精神体験をするもの  テレビや映画、ラジオも無いむかし、庶民はそうやって心を養ったのだ。

……ってことは、物語における笑いって、実現できないの?

や、そんなことは無い……と信じたい。信じたい。信じたい。
だって、コメディと称して、もう大分書いてしまっているし!

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