以前、続編小説を書くことに難しさを感じているとブログに書いた。とりわけ何を難しく感じているかというと、登場人物の取り扱いである。例えば前作で個性の違う五人のキャラを創造したとすると、続編でも彼らの個性を活かしたまま全員登場させて、全く別個の完成された物語を編まなくてはならない。これまでそんな芸当をやったことは無かったし、いかに普段綿密にプランを練らずに文章を書いているか知れて、我ながら呆れるほどだ。
多くの個性を登場させるからには、表現者はその分だけ感情移入が出来ていなければならない。落語でも登場人物が多い噺はそれだけ難しいと言われる。ざっと挙げると「五人廻し」「らくだ」「品川心中」等々。
今回は中でも激ムズと言われる「三軒長屋」を取り上げたい。
三軒長屋なんて、そんなにヒトたくさん出てくる?
そんな声が聞こえてきそうだ。
たしかに「五人廻し」や「らくだ」と比べると少なく感じる。だが人物描写に求められる微細さは群を抜いている。かの五代目古今亭志ん生が御座敷で
「この噺はちとお高いよ」
と断りを入れて演るくらいだ。上演時間はだいたい四〇分の長尺。しかも下げは落語の中でも屈指の下げ。親しみやすい長屋ものでありながら、大ネタ中の大ネタと言える。
現代の名人と言われる噺家は、みなしっかり自分の物にしている。五代目古今亭志ん生・六代目三遊亭圓生・三代目三遊亭金馬・五代目柳家小さん。ひと世代下がって志ん朝・談志・小三治。完全に関東のネタである。どちらかというと柳家だ。やはり志ん生が一番じゃなかろうか。
さて、三軒長屋の登場人物は、大まかにこんな感じ。
- 政五郎:鳶のかしら
- おかみさん:政五郎の妻
- 鳶の子分ら:喧嘩の二人・仲裁人・下っ端の御燗番ほか
- 伊勢屋勘右衛門:質屋の大旦那
- 勘右衛門の妾:美人である
- 勘右衛門の妾の女中:大変なブサイク
- 楠運平橘正国:剣術師範
- 楠の門弟:石野地蔵・山坂転太ほか
最低でも12人。演じ手によってはもっと出てくる。しかもその多くがれっきとしたキャストだ。エキストラではない。
キャラの表現が難しいと思われるのは、こんなところ↓だ。
- 鳶のかしらが賢い
この噺の下げを思いつくなかなか策士たる人物だ。だいたい落語に出てくる「かしら」というのは、力任せの脳筋野郎ばかりで、どこか頼りない(「穴どろ」「質屋庫」「寝床」など)。だがこの噺では違う。その一方で、何日も家を空け、おかみさんに面と向かって物が言いづらいなど弱いところもあり、いかにも人間的だ。 - おかみさんの一人称が「オレ」
男まさりの極致である。荒っぽい連中を束ねるから火を吹くような性格になるのだろう。高座においては、口調は「オレ」でも仕草で女性を表現出来そうだ。ところが志ん生は録音しか残っていないが、ちゃんと女性に聞こえる。スゴイ。噺家によっては「アタシ」「アタイ」「ウチ」で演じられることも。 - 妾がたいした妾じゃない。
妾というとお金持ちの甲斐性に聞えるが、このお妾さんはそんなにお高くない。そもそも伊勢勘は貧乏人からはじまった初代の質屋風情。お囲いの住まいは「粋な黒塀」といかず、長屋の真ん中をあてがうくらいのもの。だからこのお妾さんは甘やかされてはおらず、むしろちょっと賢いくらいの印象を受ける。噺家としては妾の値段を演じ分けるのも技量だ。
伊勢勘のルーズな主体性をどこまでぶれずに表現するかも難しそうだ。逆に楠運平橘正国先生は、いかにもベタな武士設定だから、むしろ演じよいかもしれない。
ここまでくると、落語は「芝居」に近くなる。役柄に入り込むには感情移入が必要だ。どれだけその世界に没入できるか。それに成功すれば、むしろ何も考えずとも自然に演じられるようになるかもしれない。よく言う「役に入って身体が勝手に動く」ってやつである。
しかし、芝居なんかは一人一役でいいけれど、落語は一人で全部演る。小説だって一人で全部書くのである。この場合、一つの世界・ストーリーを、登場人物の数だけ何パターンも感情移入する必要がある。
うわあ。生半可じゃできないな。
嗚呼、ますますネガティブになっていく(ToT)続編、仕上がるのかしら。。。
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