アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

ひとつ、了見のこと。

、進んだ大学に文芸部も文芸同好会も無かったので、高校の同級生と二人で文芸同好会を設立した。といっても二人とも会の運営といった現実的な能力は皆無だった。とにかく人を集めようと、A4用紙四分の一サイズの勧誘ビラ作って大学のあちこちに張った。今思うと「僕は友達が少ない」のあれよりひどい、斜め読みすらしようのない仕上がりだったが、当時は「いい仕事をしたもんだ」と悦に浸ったものだ。

誘ビラには「興味のある人はキャンパス内のカクカクの場所をシカジカの時間に訪れてください」と書いた。だから私ともう一人はいつもそこに張りついた。ビラはヤバめだったが文芸サークルは他に無かったので、まあまあ人はやってきた。めちゃくちゃ美人が来て舞い上がったり、危ない目をした人がきて閉口したり。結果入ったのは一人だけ。天才的な変人だった。

が部に入るにはテストをクリアする必要がある」私は彼をいざなった学内の食堂でそんなことを言った。ほんの思いつきで言った。私は手元にあった空のプラスチックの湯呑を、人差し指の先を使ってちょっと斜めにし「どうよ」と言った。すると彼はすぐさま「当たり前じゃん」と言った。私は自分で訊いといて何が何だかわからなかった。要はエロいということだった。

ばらく時が経ち、実は自分たち以外にも文章を扱うサークルがあることを知った。それはSF研だった。当時私はSF研に偏見を持っていた。床に円を描いて宇宙人を呼んだり、へそのけをむしったりするのかと思っていた。違うと知って「あら」と思った。ある時そばを通りかかるとSF研が集まって人垣をつくっていた。真ん中に冴えない男が一人立っていた。何の儀式かと見とれていたら、みんなで真ん中の一人に注意をしていたのだった。真ん中はずっと黙っていたが、最後にひとことだけ言った。「ボクハ ドクヲ マキマス」。そいつの姿はそれ以降消えた。

以上は私が「了見」の恐ろしさを語るにあたり、自分の過去を振り返ったものだ。

  • 禍々しいビラを良しとした二人の「了見」。
  • あのビラで文芸の名の下に招かれる「了見」。
  • 斜めにした湯呑の下に見え隠れする「了見」。
  • テロリストを排除するSF研に儀式を見る「了見」。

昔、立川談志月亭可朝のことを「アイツは無茶苦茶なヤツだが了見は分かる」と言った。この一言で、月亭可朝の無茶苦茶さは立川談志にも蔓延し、しかも二人が発散する無茶苦茶さについて、「了見」の読み解けぬ者は以来一切不明のままつきまとわれることになる。ああ、おそろしいことだ。

無責任姉妹3の案が徐々に形になってきた。表紙もちょびっとずつ進んでいる。これからおそらく長い時間をかけて出来上がっていくだろう。祈ろう。創作の過程において、私の中に妙な習慣が生じ、誰にも理解できない歪んだ了見を結びませんように。ますます私の視野を狭めることがありませんように。長編を書く怖さは、ホントいつもこれだ。

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