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創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

無責任落語録(7)「居残り佐平次」

罪者の痛快物語  そんなジャンルがある。「アルセーヌ・ルパン」シリーズなどが有名だ。しかし、いくら「殺人はしない/金持ちだけ狙う」なんて言ったって、やっぱり悪いことは悪いわけで、それでも人々が惹かれてしまうのは、人間の心理の中にそういうものへの期待感があるのだろう。にしても、いつも思うのは、金持ちからしか盗まないルパンや鼠小僧、ロビンフッドなど義賊について、金持ちの見解はどうなんだろうか。

しばしば人に言っては反感を買うのだが、勧進帳忠臣蔵を称賛するのは、往時はいざ知らず、現代の法治国家的価値観に照らし合わせると間違っているとしか思えない。
たとえば勧進帳は、門番富樫が弁慶の義侠心に胸を打たれて義経一行を通す話だが、どう考えても背任行為だ。現代ならクビ&賠償モンである。
忠臣蔵だって、いくら公儀の許可があろうと、殺しは殺し。強盗殺人に違いない。仮に、人気アイドルのSM◆Pが事務所からひどい目に遭わされて生放送で頭を下げさせられたことに全ジャ◆ーズメンバーが激高し、事務所に押し掛けて喜◆川を蹂躙したりしたら……。
  それでもファンはいいんだろうなぁ。

 

が悪でしかないのにヒーロー化する話は、落語にもある。
典型的なのが大ネタ「居残り佐平次」だ。
佐平次は抜け目ない詐欺師である。それでいてすばらしく優秀な世渡り名人でもある。非常に痛快な噺で、尺があるからトリか独演会じゃないと観れないかもしれないけど、「御神酒徳利」に並ぶ筋モノネタの人気演目だと思う。
(内容はご自分で調べてください。Youtubeにもあります。)

この話を現代の形にしたのは初代の柳家小せんである。明治の噺家だ。27才で真打。女郎屋に通いすぎて梅が咲き、失明して夭折した。以降、この話の演り手といえば

六代 三遊亭圓生
五代 古今亭志ん生
三代 春風亭柳好
三代 古今亭志ん朝
七代 立川談志(自称五代)

こんなところが有名どころ。最近の人は分からない。

やはり基本は圓生だろう。柳好はあんまり良くない。何を演らせても上手な志ん朝だが、桂文楽の影響が強すぎるためか、佐平次があまりに幇間づいて色気がありすぎる。
その父志ん生は最後までやらず途中で切る。いい加減に切っているというよりは、この話の根底にある矛盾というか非合理な部分を分かっていてバッサリやっているように思われる。彼の場合「寝床」にも同様のことが言えると思うので、たんなる「ゾロっぺ」じゃ無いだろう。

 

立川談志はどうか。
若い頃のネタを聴くと、ほぼ完ぺきに圓生のテキストである。下げ以外ほぼ半句と違わ無い。
だが、後年の演り方は違っている。志ん生同様この噺の持っている矛盾に気づいたようで、そういう部分を見事に刈り取って作り変えている。
けれども哀しい哉そのために落語としてのリズムやパターンが瓦解し、残念な結果に陥っているといえる。なんかこう……ゲンダイなのだ。

もちろんあの立川談志が、いくら古典落語をやると言ったって、イリュージョンなる笑芸哲学を打ち立てておきながら従来通りに演って客が許すわけがない。後年、彼の客は談志教の教徒であった。オーソドックスに演りたくても演らせてもらえない境地に、いつの間にか自らを置かされていたと思う。だから本当は自分でも分かっていて……だけど戻すわけにもいかず……とはいえ新たなアイデアを組み込むにも、案外古典落語というものは完成されていて隙が無く……。

ここで主な談志の改変箇所を記しておこう。

元)集めた割前を「母に渡してくれ」と仲間に託す。
談)懐に入れてしまう。

→もともと詐欺を働こうという人間が母親思いなのは人物造形としておかしいとして改変したものかと思われる。しかし改変によって佐平次が小悪党化し聴衆と距離ができる。

元)下げ:旦那「クソ、おこわにかけやがった」番頭「旦那の頭がごましおだから」
談1)帰ってきた佐平次に母がまたどこかへ詐欺を働きにいけと追い出す。
談2)旦那「表から返しちまえ」番頭「あんなやつ勝手口から」旦那「裏を返されちゃたまらない」

→江戸時代は騙すことを「おこわにかける」と言った。「赤飯(おこわ)」と「大怖(おおこわ)」の駄洒落。正直くだらなすぎる。談志の改変は2パターン確認できる。1はテキストを圓生に措いているパターンで、対話にしか出てこない母親を実際に出し、尚且つ「この子にしてこの親」という面白さを出している。2は後年のパターンで、廓らしい言葉のチョイスが秀逸である。

 

の噺には口につく面白いフレーズが幾らも出てくる。

上は昼来て夜帰り、中は夜来て朝帰る、下々の下の下が居続けをする
→枕。吉原に遊びに来る客の質を言っている。

遊びに来て裏を返さないのは客の恥、馴染みをつけさせないのは花魁の腕が鈍い
→客と店の間に流れる義理ともてなしを言っている。

浮き名たちゃ それも困るが世間の人に 知らせないのも惜しい仲
→都々逸。廓の恋はバーチャルリアリティだが、そこに心が通ってしまった時の苦しさを謳っている。

その他にも

青物横丁はどちらですかってんじゃねえんだよ」
「金を払う前から有難うなんざ、この商売くれえだ」
「毒を盛って毒を制すの例え、お迎えといきたいね」

などなど盛りだくさんだ。圧巻なのは後半の白波五人男の引用。佐平次の調子の良さがピークを見せる演出だ。
このように「居残り佐平次」には秀逸なフレーズが溢れている。さすが多くの咄家が研ぎすましてきたネタである。

の物語を談志の改変以上に矛盾なく進めたら、ますます味気ないものになるだろう。佐平次は単なる小悪党となり、騙された女郎屋も惨めなだけだ。噺全体も妙に薄っぺらいものになるだろう。それを寄席で笑ってもらえる噺にするためには、多少の矛盾を許してでも人間味を優先し、むしろ包含し、そこを誤魔化すというのではないが、豊かなフレージングで話のテンポを軽くしてサゲまで一気に持っていく。スピードでコントロールするテクニックが必要である

 

回も極マニアックになりましたな。
よーく考えたら、勧進帳だって矛盾がある。弁慶の読んだ白紙を富樫が「どれ印を見せよ」とチェックしないのはおかしい。そこに客が気づく前に、弁慶が義経を打擲するというインパクトを見せ、さっさと話を進めてしまうわけだ。よくできてるよね。

だからって自分のを正当化する訳じゃないけど、実は拙作「無責任姉妹」にもそういう矛盾がいっぱいある。書いて半年くらいしてから「まてよ……?」なんて気付いたり。だけど、そこを云々したら根底から変更せざるを得なくなる上、その労力やリスクを負ってなお得られる面白みもメリットもない。だからそのままにしている。いいよね? なんてったって「勧進帳」や「居残り佐平次」だってそのままなんだから。

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