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アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

無責任落語録(6)「六代春風亭柳橋」

落語録

末年始は風邪でひっくり返っていたが、お陰で何冊か本を読む機会を得られた。紙の本にしろ、電子書籍にしろ、人様の文章に接するのは、私にとって極めて重要。というのも、私は仕事も趣味も文章ばっかりだ。そのため、ゲシュタルト崩壊じゃないけれど、自分の文章が果たして普通に読むに堪える代物なのか分からなくなり、時に不安になるのである。

例えば、物語創作ではこんな不条理が起こりがちだ。

症例1>世界観や人物の設定ばかり記述がこんでいて、ストーリーがスッカラカン

エネルギーが設定づくりにつぎ込まれ過ぎて、プロット制作時にはもう尽きてしまっているケース。あるいは自分の着想に惚れ込むあまり「ストーリーなんかどうでもいい」くらいの気持ちで書いている。登場人物が魅力的ならストーリーも魅力的になるはずという、信仰にも似た勘違いが要因だ。

症例2>設定とストーリーが乖離していて、物語小説がまるで舞台のト書きのようになっている。

良いプロットは、物語の流れの中で設定とストーリーがうまく混然一体となっているが、それが断絶しているケース。説明が説明でしかない。下手するとそれが全体の半分以上を占めている場合も。

症例3>ストーリー中の動作主体が不明

段落冒頭をいきなり会話で始めるなど、作者がある種の演出効果を狙ったばっかりに、その動作主体が登場人物の誰なのか判らず、読者が文中を彷徨わされるケース。数ページ読んでようやく名前が出てきたりする。のめり込んで書くあまり、読者からの見え方が分からなくなり、こんなことが起こるのだ。典型的なミスで「んな馬鹿な」と思うかもしれないが、結構ある。

1は真面目、2は合理主義、3は集中力が原因。いずれも美徳が過剰に現れた症状である。こういったことは初心者よりむしろ書き込んできた人に起きやすい。常に新鮮な気持ちで文章にあたるか、あるいは一度書いた作品を一カ月ばかり寝かせ、初めて目にするような視点で推敲していくしかない。

 

事は場数を重視される。経験主義という言葉も、世間では否定的には取られない。文章も同様だ。しかし、芸事はこなれすぎると固まって、時代の変化や自身の変化に対応できなくなってしまう。

嫌な話の引き合いに出すのは申し訳ない気もするが、落語家・六代目春風亭柳橋はまさにその典型なのではないかと思う。

橋は、若い時分は極めて高い評価を受けた噺家だ。寄席での人気、御座敷の数は飛び抜けており、睦会四天王時代に八代目桂文楽と人気を二分していた頃、人気も実力も柳橋の方が頭一つ抜けていた。ご贔屓に吉田茂首相や秩父宮がおり、しばしば大磯の御殿に招かれた。
戦後ラジオの時代が来ると名声はさらに広がる。「とんち教室」のレギュラーとなり、三代目三遊亭金馬と並ぶ子供の人気者になった。
また落語芸術協会の会長に創立以来44年も君臨。まさに帝王である。

こうなると、誰も彼に物をいうものはいない。
だが、柳橋の落日はすでに始まっていた。
まず、全く受けなくなった。
これにはいろいろ理由があるだろうが、私の思うには

1)子供むけにやりすぎるあまり、クスグリ程度のダジャレさえ説明をするようになった。

たとえば、落語に「宵越しの天ぷら」という考えオチみたいなジョークがある。こんな風に使われる。

「そりゃおまえ、宵越しの天ぷらだよ」
「どういうことだ?」
「あげっぱなしってことだよ!」

これを柳橋は、このように言う。

「おうい、そりゃおまえ、宵越しの天ぷらだよ」
 これはどういうことかというと、あげっぱなしということデナ

やりとりの中で掛言葉の種明かしをする分には、面白さが浮かんでくるが、柳橋はそれをそのまま説明してしまう。ギャグを説明することほど笑いを潰すことはない。末期の評価で「柳橋はクサくなった」と言われる理由はこういうところにある。

2)噺のリズムをコントロールできない

前の引用で示したように、柳橋は文末に「デナ」をつける。また、口調は低い声で物々しく、それ自体印象的。確かにゆっくり喋れば頭に入りやすいし、低い声は長く聞いても疲れない。だが、話によってはフィットすることもあるが、悪く働くこともある。売り出す時はそれでよかったかもしれないが、それを終生変えなかった。あるいは変えられなかった。

3)おもしろくない

これを言ったら身も蓋もないが、他に言いようがない。落語芸術協会新作落語家が多い。古今亭今輔桂米丸春風亭柳昇などがそうだ。柳橋も、古典落語をやりながら新作もやった  というより、古典を当世風にリメイクした。彼としては古典落語を現代に合わせようとしたのかもれない。だが、これが面白くない……。かつて受けていたころの感覚のままで、その頃のやり方を引きずっているのだろう。どこかでアンテナを失っていた。

惜しいことに、残っている柳橋の録音は、そのほとんどが零落以降である。寄席の録音だと思うが、観客の笑い声がほとんどない。彦六の正蔵と張り合うほど、シーンとしている。

 

上の1)~3)の理由を考えてみると、1は丁寧にしようという真面目さ、2は分かりやすくしようとする合理主義、3は良かれと思って陥った残念な結果と言える。

  これは前述の物語創作の悪弊と同じだ。

六代目三遊亭圓生は「噺は、細かいところまで固めてしまうと芸の血が通いません」と言った。
芸人は、芸を披露する時に「間違わないか」「受けるかどうか」常に不安だ。そこで芸を固める  つまり、間違わないように一点一画おろそかにせず覚え込む、あるいは前に爆笑を拾ったところをお守りのように毎回なぞる  こうしてしまうと、もうその芸は伸びない。

ある意味、不安定さというものが、芸の間口を無限化する。その微妙な幅の風合いを、客は観て楽しむ。演者と客の勝負どころはココだ。
これは物語づくりも同じだと思う。
真面目にキッチリ決めて説明してという書き方は、隙が消え、書きたいものを書けたという自己充足を書き手に与える。だがそれは読み手の感性を遊ばせる絶好の機会を蝕んでしまうことになるだろう。

 

後に、なんだか悪い気がするのデナ、六代目春風亭柳橋のおすすめネタを紹介しよう。たぶんYouTubeあたりに落ちていると思う。
もし柳橋ファンの人がいたら、これで勘弁してください。

青菜

……あ、一個しか思いつかない……(ToT)

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