読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アヲイ報◆愚痴とか落語とか小説とか。

創作に許しを求める私の瓦斯抜きブログ

謹賀新年|あけましておめでとうございます

新しい年になりました。
酉年だそうで。
羽ばたける飛躍の年になりますよう……あ、鶏は飛べないか。
とにかく、良い年を。

ちなみに、2017は素数だそうです。

あ、無料やってます。

【さっさと】自分の2016年を振り返ってみる

2016年もそろそろおしまいです。

振り返るにはちょっと早いかもしれませんけど、もうさっさと幕を下ろしちゃいましょう。いまさら何かを企てたって疲れるだけだから、あとはじっとしているつもりです。クリスマスイブも、クリスマスも、大晦日も、欲を抱かず何もしません。あ、蕎麦くらい喰うかな。

だいたいね、そういうお祭りごとなんかも、あんまり心を動かされなくなりましたよ。そりゃあ、配偶者がいたり、コドモがいたりしたら違うんでしょうけど、そうじゃないし。仮にいたとしても、誰かのために「ああでもない、こうでもない」と気を揉むのは面倒だし。ペケワンの我が身としては、誰かのキャンドルより自分の御灯明の方がずうっと大切な気がするのです。
「自分を大事に」
残りの人生はもうそればっかりですよ。

 

て、自分の一年を振り返ってみました。
以下個人的なことばかりなので、興味の無い方は、ご面倒とは存じますが、ブラウザを閉じておやすみなさい

  1. リーランス二年目を経過。事業拡大を画策するも全くアイデアが出ず、相変わらずの半端稼業。
  2. 業は減収減益。一方、体重とガンマGTPは上昇傾向。
  3. きつけの飲み屋が今年いっぱいで閉まる。生身の社会から完全に孤立する準備が整う。
  4. ンドルアンリミテッド開始の頃、無責任姉妹の3・4巻を発刊した。売れないこと売れないこと。話題にもならん。これが紙だったら何人か首を吊っただろう。
    無責任姉妹 3: 機械少年の憂鬱 (さくらノベルス)

    無責任姉妹 3: 機械少年の憂鬱

    無責任姉妹 4: 孤高少女の放心 (さくらノベルス)

    無責任姉妹 4: 孤高少女の放心 (さくらノベルス)

  5. 名で一冊だけ電子書籍を出した。自著が在るというアリバイ作りに過ぎない。
  6. 婚はしなかった。それどころか、恋もせず、愛しもせず愛されもせず。
  7. 最後に私が本年読んだKDPの電子書籍で記憶に残っている作品の名前を上げます。

<セルフパブリッシング>

  • 夏のかけら
  • 僕のニシャ
  • 根木珠掌編集 白
  • アイアンメイドは電気棺の夢を見るか?
  • 髪の毛探偵石神くん1
  • 少年幻想譚
  • 死徴
  • サヴァイヴ
  • 止まない霧
  • 毒舌アフォリズム など。

正岡容をはじめ、落語の本はかなり読んだ>

  • 落語家温泉録
  • 艶色落語講談鑑賞
  • わが寄席青春録
  • 黒門町解釈
  • 寄席行灯
  • 随筆寄席
  • 随筆寄席風俗
  • 或る日の小せん
  • 噺家の着物 など。

※著者名は割愛。掲載順は読んだ順です。

セルパブに関し……やっぱりおもしろいなあ。でも、自分ことを棚に上げて言いますけど、もうね、とにかく、もっと削れるのじゃないかと。半分くらいとは言わないまでも。

年読んだ中でいちばん心にシミたセルパブ本は、さくらい桃花さんの「サヴァイヴ」でした。紙の本では三遊亭円丈師匠の「御乱心」でした。感動をありがとう! 以下、勝手に紹介させていただきます。

サヴァイヴァ

サヴァイヴァ

御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち

御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち


年は、年齢が大台に乗るんですよ。
フリーランス3年目に突入し、怠惰に染まった性根は、もうサラリーマンには戻れません。これからは覚悟を決めて、一人ブラック稼業を盛り立ててまいります所存です。幾つになっても子供のようなまんまで不安ですが、自分を大事にしてやっていくしかありません。

それじゃみなさん、よいおとしを。

無責任落語録(25)「湯屋番」

いもので12月である。去年の今ごろもそうだったが、年の瀬は焦る気持ちが募る。

「今年一体何が残せたっけ?」

人生の時間には限りがある。焦れるのは、日頃から何かと挑んでいる証拠だ。「あれもしたいこれもしたい」と思うから、時間が早く過ぎる気がする。

もっとも実際は、

「結局何も出来んかった!」

「あれもしたいこれもしたい」どころか、やりたいことすら見いだせぬまま、12月を迎えてしまった。何か考えなきゃとは思っていた。だが、想像力が働かず……妄想でもいいからすりゃあよかった、と、後悔する。

 

を取って著しく感じるのは、妄想力の減退だ。
想像力・構成力・推理力といったものは経験値がモノをいうから、衰えるどころかむしろ増大したような気がする。同時に思い込みみたいなものも強まって、徐々に自分が頑固な中年に熟れつつあるのも分かる。かたや妄想力は明らかに減った。  ああ、長らく思い抱いていない、煩悩と色気に満ちた、まどろむような恍惚。法悦の霧に敷かれ、ハッと気づいて赤面するエゴとエロ。世界を自分中心に廻す官能的思索は、今で言う「中二病」的なものではなかったか(過去形なところが中年だ)

いつまでも若くあるためには、官能的な妄想に妥協を許してはならないのかもしれない。

官能的欲求は、種の存続にかかわる感覚で、殖産可能(?)な若さを維持する有効な手立てであることに疑いはない。妄想力は、その官能を実現するための緻密な青写真である。よく、巷に年甲斐も無くモテ続ける爺さんなどがいるが、彼らに共通しているのは実にマメであることだ。マメというのは、相手の心理や行動のパターンを先読みするからできることであって、やはりそこには下心というか、官能の妄念が原動力になっているだろう。たぶん。きっと。

 

ある古典落語の中に、良き妄想者の手本といえる噺がある。
湯屋番である。
勘当された若旦那の、湯屋の番台で繰り広げる妄想が、落語国の妄想茶人の中でもとびっきりにハッスルしている。※ 内容は各自ググるように。

明るく楽しく、軽く笑えるから、どこで演っても受ける噺だと思う。演者も多い。六代目三遊亭圓生・三代目三遊亭金馬・五代目古今亭志ん生・三代目古今亭志ん朝・五代目柳家小さん・十代目柳家小三治……初代林家三平も演じている。だが、誰もが演るからといって決して簡単な噺ではないと思う。テンポを一度でも崩すとグズグズになりそうだ。

蘊蓄を述べると、この噺は三遊と柳で違いがある。三遊では湯屋の名が「桜湯」、柳では「奴湯」だ。といっても、五代目三遊亭圓楽は「浜町の梅乃湯」で演っているから、そこまで厳密ではないようだ。また、三遊では若旦那が熊五郎の勧めで湯屋に赴くのに対し、柳では若旦那が自ら湯屋を志して行動する。
ちなみに銭湯のことを江戸では「湯屋」、上方では「風呂屋」という。

 

の噺のメインは、なんといっても番台に上がった若旦那の妄想劇である。ひとつひとつの妄念をいちいち検証しながら先に進めていくところが特長である。

~私が番台にいると、女湯の一人が私に惚れるね。女はそうだな、年増……は興味は無い。娘っ子じゃダダをこねて面倒だ。そうだなァ、どこかの旦那の愛妾がいいね。女中を一人連れてくるよ。

「あら、お清や、今度の番台さんはちょいと乙だね」

~女に言われて家まで訪ねていくよ。盛っているように思われるのも野暮だから、偶然前を通り過ぎる感じでね。女中が私を見つけて中に声を飛ばすよ。

「姐さん、お湯屋の番頭さんが、いらっしゃいましたよぉ」

待ち構えているものだから、泳ぐように出てくるね。

「あら番頭さん、今日はどちらへ?」

そこで私は答えるよ。「いやあ今日はマキ集め」こりゃ良くないな。「釜が壊れて早仕舞」これも野暮だ。……うん、母親の墓参にしよう。

そしたら姐さん、こう言うね。

「まあお若いのに孝行なこと」こりゃいい!

~酒を差されてすぐ飲んじゃガサツでいけない。かといって飲めないってのもつまらない。そうだ、こう言おう。

「いただけますればいただきますし、いただけませんければいただきません。ェエ、右や左の旦那様ァ」って、これじゃ乞食だよ。

セーブポイントでセーブしながら全シーンをコンプしていくアドベンチャーゲームのように、若旦那は妄想のあらゆる状況を裏も表も味わい尽くす。これぞまさに妄想の正道である。

その途中々々を、男湯からの視点がツッコミとして入っていく。冷静な視点かと思いきや、面白がって赤の他人に「お前も見ろ」と促したり、見入るあまりに軽石で顔をこすって流血したり。客観的視点まで笑いを担おうとするところが、この噺の腰の強さだ。

最大の見せ場は、若旦那の芝居仕立ての妄想である。

~雷もキリキリと鳴ったら凄いね。女は歯を食いしばってひきつけを起こすよ。私は盃洗の水を口移しに飲ませるね。そしたら女はうっすら目を開けて言うよ。
「今の水の、うまかったこと。……雷様は怖けれど、私にとっては結ぶの神」
「ヤヤッ、そんなら今のは空癪か」
「うれしゅうござんす、番頭さん……」

妄想も基礎の上に立てば貫禄すら帯びる。

 

居掛かりの後、ネタは一気にラストに向かうが、正直ストンと落ちるサゲではない。若旦那の艶っぽい語り口が印象に残っているうちに、突っ走って噺を終えるのが無難だろう。

話が前後するが、噺の冒頭、若旦那が湯屋に向かう前にも、熊五郎とのちょっとしたやりとりがある。おしなべて下らなく、客席をヘラヘラさせるに留まる。そのお陰か、後に来る番台の独り語りが効いてくる。

そう考えると、この噺は前の演者が濃いネタだった後にいいかもしれない。前を受けてヘラヘラ程度でスッと入り、中でしっかり笑わせる。笑わせると客席は疲れるから、最後に少し緩めてサゲる  次の人が演りよい。前後の演目に気を遣える噺のような気がする。

   *

こうしてみると、若旦那には非常に明確な女性観・粋不粋の別・芝居をバックボーンにした男女間の理想型があるようだ。良い妄想のためには美学が必要であることを思い知らされる。そらそうだ。自分の好きなものをイメージできない限り、妄想しようにも手立てが無い。年の瀬だろうが年始だろうが、「あれもしたいこれもしたい」を思いつかないのも当然である。まずは自分磨きができていなければ、毎年同じ焦燥を繰り返すだけだ。

ようし、来年は良き妄想のための美学を養おう。

  こうして私はどんどん常識的社会人としての枠組みから外れてゆくのでした。……ま、実際はそんな勇気を持ち合わせておらず、どっかで我に返って小市民である自分に安堵するんだがね。

以上です。

無責任姉妹 1: 漆田琴香、煩悶ス。 (さくらノベルス)

無責任姉妹 1: 漆田琴香、煩悶ス。

バナー画像